「一体、何が言いたんだ!」と怒鳴る草津に、白瀬は続けた。
「先日、ゴールウェイで偶然聞きましてね。『プロジェクトが中断しても、ゴールウェイには4000万円が残る』と。つまりゴールウェイは、箱根銀行に『6000万円』を返還することになる」
そこで首を傾げたのは、別府だった。
「6000万円? ちょっと、それ、おかしいんじゃないか? ゴールウェイからの返還は確か5000万円と……そうじゃなかったのかね、草津君!」
「あっ、いや、それは……」
草津の表情が見る見る青ざめた。
「経理部の婚約者と結託すれば、6000万円の返還を5000万円だったことにして、1000万円を懐に入れちまうことなどカンタンだ。そうだろ、草津!」
「こ、答えたまえ、草津君!」
いつもは穏健な別府が珍しく大声を挙げた。草津は何も言えずに座ったきりだったが、瞳が激しく左右に揺れ、こめかみには一筋の汗が流れ落ちていた。
「システムの正常系だけを先に作らせたのも、銀行内のメンバーに完成度を高く見せて、ゴールウェイへの支払いをさせやすくするためだろ? そうだよな。そこの支払いなしじゃあ、自分の取り分もないもんな。ネットバンキングシステムでも同じことをやったんじゃないのか?」
「あきれた話ね。これじゃあ転職どころか、後ろに手が回っちゃうじゃない。彼女も一緒にね。どうするの? 獄中結婚でもする?」
一気にまくし立てて息の切れた白瀬に変わり、美咲が話し始めた。
「ゴールウェイの社長も経理の婚約者も、『警察には告発しないから』と言ったら、簡単にゲロったわ。ゴールウェイへの振り込みと帳簿、それにアンタと彼女の預金通帳を警察が調べれば一発よ。悪いけど、オックスフォードにいる友達にも、この話は伝えさせてもらったわ。当然、転職話はなくなるでしょうね」
「そんな……」
うな垂れる草津に、今度は別府が言った。
「辞表を書きなさい、草津君。今なら自己都合退職にしておく。彼女も一緒にね」
草津はがっくりと肩を落として、フラフラと会議室を出て行った。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.