AIを活用した広告制作システムの開発を御社に発注したい。ついては、社内承認用にプロトタイプを作っていただきたい。もちろん“無償”で……顧客担当者の言葉を信じて20人月も先行投資して案件受注に走ったシステム開発会社営業マンが見た地獄とは?
「コンサルは見た!」とは
連載「コンサルは見た!」は、仮想ストーリーを通じて実際にあった事件・事故のポイントを分かりやすく説く『システムを「外注」するときに読む本』(細川義洋著、ダイヤモンド社)の筆者が@IT用に書き下ろした、Web限定オリジナルストーリーです。
ソフトウェア開発企業「マッキンリーテクノロジー」の日高達郎は、広告代理店「北上エージェンシー」から、AIで折り込みチラシを自動作成するシステム開発の引き合いを受けた。しかし、生駒技術部長の「正式契約後に支払いはする」という言葉を信じて20人月分も先行作業を行ったにもかかわらず、商談は中止。少しでも被害の補填ができないかとコンサルティングファーム「A&Dコンサルティング」に相談に来た日高の前に現れたのは、ズバズバと痛いところを突く若手女性コンサルタント江里口美咲だった。
北上エージェンシーの生駒がマッキンリーにシステムの引き合いを出してきたのは、2016年の12月のことだった。
マッキンリーは、20年以上も前から人工知能を研究し、他社に先駆けて商用にも使える独自のAIエンジンを開発していた。しかし営業の日高は、経験のない「広告作成」という分野の提案に躊躇(ちゅうちょ)した。
何せ「クリエーターの感覚」という曖昧なものをデータ化しないといけない仕事だ。マッキンリーのAIは、過去の情報から特定の印象を人に与える文字やデザインを作ることはできたし、簡単なポスター制作のようなことまでは可能だった。しかし、情報量が多く、パラメータも複雑になりそうなチラシ広告にまで応用できるのかは、「やってみなければ分からない」というのが正直なところだった。
2017年1月――。
「でしたら『実証実験』ということでやってみませんか?」
迷っている日高に生駒が提案してきたのは、正月明けのことだった。
「実証実験?」と尋ねる日高に、生駒がニコリと頷いた。
「一部機能をプロタイプというか……その、セールスの一環として作ってはいただけませんか?」
「セールスの一環……ということは無償作業ということですか?」
「もちろん費用は正式契約の後に、その分も上乗せしてお支払いします。まず、実証実験で開発の方法論にめどを付け、その結果を元に正式なお見積を頂いて契約する。そもそもAIというのは、ある程度作りこんでみなければ、完成までに掛かる費用も期間も分からないものじゃないですか」
日高が頷いた。それは確かにそうだ。AIにどんな情報を与えるか、分析の着眼点や評価軸を教え込むのか、意図する答え出させるには、どんなパラメータを設定するのが良いのか、一言でいえば「AIの学習」にどれぐらい手間が掛かるものなのかは、学習させてみなければ分からないことも多い。
「ですから、その辺りを一部だけでもセールス活動としてやっていただき、メドを立てれば、御社に損はないので悪い話ではないと思うんです」――生駒がまた微笑んだ。
日高は考え込んだ。確かにAIに限っては、ある程度実験をしてみないと全体に掛かる費用は見積もりにくい。作業に掛かった費用を後で払ってくれるなら、悪い話ではないようにも思える。
「しかし、もし実験の結果が思わしくない場合、つまり正式契約まで至らなければ……」
「おっしゃる通りです。でもね、日高さん。弊社内では既に『契約するなら御社しかない』ということで話がまとまりかけているんです」
「本当ですか?」
日高が身を乗り出した。北上エージェンシーという会社も、AIによる広告作成もマッキンリーにとっては新しい分野だ。ここで成功すれば商売が一気に広がる可能性もある。
目を輝かせる日高を見て、生駒は小さくつぶやいた――「『御社にお受けいただけない場合には、自分たちが』と言うベンダーもあるにはあるんですが……」
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