ハイパーコンバージドインフラ(HCI)の導入が加速し、現在多くの企業で好評を得ている。だがデジタルトランスフォーメーションのトレンドを背景にビジネスがソフトウェアの戦いに変容している今、“既存の課題”を解決するだけでよいのだろうか?
デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)のトレンドが進展し、ITの力を使った体験価値が重要な差別化手段となって久しい。特にニーズの変化が速く先が読めない中、新たな価値を打ち出すスピードや、環境変化に対応できる柔軟性を担保することが市場競争に参加するための前提条件ともなっている。
これを受けて、システム開発・運用の在り方にも変革が求められている。短いスパンでサービス/システムを開発・改善するために、アジャイル開発やDevOpsのアプローチが不可欠となり、運用では開発者が求めるインフラリソースを迅速・柔軟に配備できる仕組みが求められるようになった。これを受けて、クラウドはもはや不可欠となり、開発、運用ともに「自動化」が重要なキーワードとなっている。
だが“先進的な”取り組みに乗り出せている企業は、まだ一部にすぎない。大方の企業はクラウドや自動化を使いこなす以前に、コスト削減を主目的に導入したサーバ仮想化環境の運用管理に手を焼いている状況だ。加えて、人的リソース不足に悩む企業も多い中、サポート対応、アラート対応などで日々忙殺され、「新しいことに着手する余裕などない」といった声も多数聞かれる。
こうした状況を背景に、ハイパーコンバージドインフラ(以下、HCI)が急速に企業導入を伸ばしているのは周知の通りだ。汎用的なx86サーバにコンピューティング機能とストレージ機能を統合。すぐに使い始められる検証済みの仮想化環境であるHCIは、運用負荷低減、コスト削減というメリットに加え、スモールスタートできる点も支持され、企業規模を問わず導入が進んでいる。IDC Japanによると、2017年の国内ハイパーコンバージドシステム市場の支出額は約160億円。2016年、2017年と連続で倍近い伸びを示しており、2022年には402億円に達するとみられている。
だが現在の経営環境は、スピーディかつ柔軟なビジネス展開を支える上で、システムにもそれなりの仕組みを求めている。HCIはそうした仕組みを実現する重要なコンポーネントの1つとなり得るわけだが、企業としてはどのような視点、意識でHCIを捉えているのだろうか。IDC Japanの宝出幸久氏に話を聞いた。
「当初は従来の三層構造のアーキテクチャからHCIに移行する上で、安定性やパフォーマンス不足を懸念する声もありました。ですが、基本的に『仮想化環境から仮想化環境へ移行するだけ』であること、スモールスタートできることなどが導入のハードルを下げ、2016年から2017年初頭にかけて、一部のシステムを対象に部分的に導入する企業が大幅に増えました。さらに、その上で問題がないことを確認した企業が、2017年後半からサーバ仮想化環境全般で利用するために追加導入したことも急速な成長の背景にあると見ています」
HCI導入数の急速な伸びについて、宝出氏はこのように解説する。
HCIの導入理由としては、やはり運用負荷低減とコスト削減が中心。いわゆる“1人情シス”も含めて、人的スキル・リソース不足に悩む中小・中堅企業の場合は「運用負荷低減」を、大企業の場合は「運用負荷低減」に加えて「コスト削減」を目的とする傾向が強い。後者については「専用ストレージ装置を使ってきたが、ディスクを追加するたびに安くないコストがかかるなど、運用コストを課題とみてHCIに移行する」例も多い。
導入後の評価としては、「運用効率、システムのパフォーマンス共に向上した」という声が非常に多いという。「これには、例えば同一のサーバハードウェア内の内蔵ストレージを使うというアーキテクチャ上のアドバンテージもあるが、(システム更改のタイミングで導入する企業にとっては)5年前に比べてサーバハードウェアの性能自体が大幅に上がったことも大きい」。
HCIを導入することで運用をシンブルにできる半面、既存の運用プロセスが変わってしまうことへの懸念もある。だがこの点についても、既存の仮想化環境を管理してきたツールをそのまま使うことで、既存の運用プロセスを生かしているケースが多いという。
「もちろん全てが“簡単・シンプル・低コスト”といったキャッチコピー通りではなく、導入時にはネットワーク設計が必要であったり、冗長性を担保するために4〜5ノードを入れる必要があったりと、それなりの初期コストも必要です。しかし、トラブルが減る、ハードウェアの管理もしやすくなる、サポート窓口も1つで済む、といったHCIのメリットは多くの企業に総じて認められています。システム更改のタイミングで少しずつHCIに移行するケースは今後も増え続けるでしょう」
こうした状況について、宝出氏は「インフラの運用管理者の業務負荷を大幅に削減できることが多くの導入企業で評価されています」と指摘する。
「ただし、HCIの潜在能力はそれだけではありません。HCIはオンプレミスの可能性を広げられるソリューションです。実際、各ベンダーもパブリッククラウドとの統合管理やPaaSとの連携機能などを提案してきています。コスト削減、負荷低減で終わらせてしまうのではなく、HCIの導入をきっかけに、インフラ全般の在り方や、運用管理の在り方自体の見直しにつなげることが重要だと考えます」
例えば、これまで単なるサーバ仮想化環境を「プライベートクラウド」と考えてしまう傾向も一部にはあったが、クラウドの軸は自動化やリソース配備のセルフサービス化にある。この点で、開発者や事業部門のエンドユーザーにとっては、リソース配備を求めても、基本的に手作業であるため時間がかかってしまうIT部門に依頼するより、セルフサービスですぐに入手できるパブリッククラウドの方が合理的だと考える傾向が続いてきた。
この点が、いわゆる「情シス不要論」が一部でささやかれる一因ともなっていたわけだが、HCIの自動化機能を使えば開発者が求めるリソースを迅速に配備することも可能だ。また、各システムの運用効率を高める上では、オンプレミスとパブリッククラウドを適材適所で使い分けることがカギとなる。この点でも、サイロ化していたオンプレミスのインフラをHCIによって一元管理し、各種作業を自動化すれば、“ビジネス展開に即応できるインフラ運用”の実現に大いに寄与する。
ただ、主体的にインフラを使いこなす上では、各システムの重要度やSLAを整理・把握しておく必要がある。例えばHCIと三層構造アーキテクチャの使い分けについても、「システムを支える上で必要なストレージの機能や容量」を見極めることが1つのポイントとなる。「確実にストレージ性能を保証したい」「日々増え続ける大量のデータを蓄積し続けたい」「レプリケーション機能が重要」などと考える場合は専用ストレージの方が、「複数のシステムを1つの仮想化基盤に統合したい」といった場合はHCIの方が“向いている”といった具合だ。
だが宝出氏によると、HCIの導入に際して、そうしたシステムごとの重要度やSLAを整理できている例は少なく、「これまで使ってきた既存インフラのリプレース時期に応じて、都度サイジングして、順次HCIに置き換えていくケースが一般的」だという。
「この辺りは専用ストレージの機能をどれほど使いこなしてきたかにもよると思います。実際にはこうしたアプローチでも多くのシステムは問題なく移行できているようです。何より『これまでの固定的なインフラから脱却したい』というニーズを実現できます。そこで考えるべきは次のステップです。仮想化環境のリプレースが一段落したら、そこで終わらせず“ビジネスに貢献できるインフラ”にしていくという発想が大事だと考えます」
実際、前述のように、現時点ではHCIを導入しても既存の運用管理ツールを使い続け、定型的な作業プロセスも自動化せず、あえて手動のプロセスを残すなど、運用スタイルまでは変えていない企業が多い。HCI製品側でも既存の運用管理を継続できる機能を備えており、「変えたくない」というニーズに応えることができる点で支持が広がっている側面もある。
だが各ベンダーともそうした配慮を示す一方で、自動化機能を充実させている。ハイブリッド/マルチクラウド環境になることを見越した管理機能も打ち出している。加えて技術の進展により、既存システムのクラウド移行/ハイブリッド環境構築のハードルも着実に下がっている。IDC Japanの調査結果でも、HCIの機能強化への期待として、パフォーマンスの向上やデータベースへの対応といったワークロードの拡大、ネットワークを含めた統合範囲の拡大が上位に入っている。今後、HCIの適用範囲が拡大すれば定型作業の負荷は大幅に減り、「本来的な業務」に集中する余裕は確実に生まれるはずだ。そうしたとき、いわゆる“攻めのITに寄与できる運用管理”に変革する道具立ては、かなりそろいつつあるといえるだろう。
無論、インフラの仕組みと運用プロセスの変革はボトムアップだけでできるものではない以上、本格的に踏み出す上ではトップダウンの意思決定も不可欠だ。しかしクラウドや自動化などを「自分たちの仕事がなくなる」といった具合にネガティブに受け止めている間にも、先進的な企業はそれらを使いこなし、「経営にコミット」するレベルを高め続けている。そうした取り組みに足を一歩踏み出す上で、HCIが有効に機能することは間違いない。
「HCIを導入して、単に現状のインフラコストや人的負荷を下げるだけでは、本質的には何も変わりません。新しいインフラ管理をデザインする一環として、HCIを導入していく必要があると思います。一方ベンダー側も、DX時代に求められる新しいインフラ管理のビジョンを示すとともに、そこに至るまでに今あるHCIをどう現状にフィットさせ、どう発展させていくのか、より具体的なロードマップを提案し続けていく必要があるのではないでしょうか」
オンプレミスにクラウドを持つことが不可欠な今、急速に導入が進んでいるハイパーコンバージドインフラだが、認知が高まるにつれ、“誤解”も生じつつあるようだ。それどころかプライベートクラウドそのものに対する誤解も渦巻いている――本特集では、デジタル時代に不可欠なオンプレミスの要件を明確化。ハイパーコンバージドを形容する「簡単・シンプル」という言葉の真意と、「運用効率化だけに終わらないメリット享受」の要点を、徹底的に深掘りする。
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