「何がGPLよ」
木村は美咲が置いていったソースコードのコピーを手に取ったが、すぐに机の上に放り投げた。
確かに少しうかつだったかもしれない。松井から「ボカのソースコードをフリーソフトとして提供したい」と言われたときには、そこまでしてプレミア電子に擦り寄りたいのかとあざ笑ったものだが、あんな仕掛けがしてあったとは気付かなかった。
しかし、美咲に言った言葉は強がりではない。たとえジェイソフトと法的紛争になっても、企業の体力からいって負ける気はしないし、こっちには優秀な弁護士だってついている。
気になるのは自分のことだ。今は部長だが、プレミア初の女性取締役への昇進がすぐそこなのだ。このタイミングで取引先と裁判になるような失態はまずい。もっとスマートにジェイソフトウェアをつぶすなり、丸ごと買い取るなりする方法はないか……。
木村はしばらく考えてから、「よし」と覚悟を決めたように言った。
この際、方針を転換して、新バージョンのカーナビ「バルサII」に載せるアプリケーションの開発もジェイソフトにやらせることにしよう。それならアイツらも文句はないはずだ。
でも、それだけでは済ませない。まず、開発の範囲をできるだけ広げて、彼らだけでは手に負えない規模にしてやろう。新規の人材採用や外注を増やさざるを得なくなれば、コストが膨らみ、資金繰りがなおさら悪化するだろう。
何せわが社とジェイソフトとの契約条件は請負で、支払いは製品完成後だ。
何なら契約後に要求仕様を適当に変えてやろう。そうすればジェイソフトの開発コストはさらに膨らみ、赤字も増える。力関係からいって、ジェイソフトはそれでも変更要求を断れないはずだ。さらに最初の発注金をたたけるだけたたいておけば、すぐに首が締まることだろう。
そこまで考えて、木村はニヤリとほほ笑んだ。
ジェイソフトをわが社が買い取る。そうすれば紛争自体がなくなるし、ジェイソフトの優秀な技術者もソースコードも全てがプレミア電子のものになる。
(取締役昇進の決定打になるわね)
木村がそこまで考えたちょうどそのとき、スマホの着信音が鳴った。
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