取締役になった今でも、村上常務の部屋に入るのは緊張する。村上の電話が終わるのを待ちながら小塚は大きく息を吸った。
社長の高橋より10歳も年上の村上は、鈴木前社長の懐刀のような存在だった。鈴木が株主たちに石もて追われるように会社を去らなければ、共にラ・マルシェを育ててきた村上こそが後継者候補の最右翼だった。
株主たちに外部から突然送り込まれた高橋新社長に対して村上が良い感情を持っているわけもなく、オンラインショップの件で社長から認められつつある自分に対しても微妙な感情を持っていることは、小塚もよく分かっていた。
「ルッツ・コミュニケーションズ? ああ例のオンラインショップの」
電話を終えた村上は、小塚の正面に座った。
「はい。あの……新規取引の承認手続きが常務のところで止まっていると伺いまして」
「止まってるって……失礼だな。こっちだって、いろいろと忙しいんだ」
村上は不愉快そうに答えた。
「しかし、も、もういい加減に発注しませんと……。彼らは2カ月以上も作業をしておりまして、サービスも出来上がりつつあります」
「システム開発の契約なんてものは、検収に間に合えばいいんだろ? 羽生君から聞いているぞ」
「そういう話もあるにはありますが……」
小塚は体内の血液が、首からほおを伝って上昇していくのを感じた。
「そ、そういうのは、本来の正しい形ではありません。ルッツ・コミュニケーションズからも契約を急いでほしいとせかされているんです」
「大丈夫だよ。向こうだって商売だ。少しぐらい待ってくれるだろうさ」
「しかし……」
反論しようとする小塚に、村上は声を重ねてきた。
「大丈夫なのか?」
その声には、すごみのようなものがあった。
「はっ?」
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.