「本当に大丈夫なのかって、聞いてるんだよ。ルッツ・コミュニケーションズって会社がさ。焦って飛び付いたはいいが、本当に技術力はあるのか? そもそも、まともな会社なのか? 君はルッツ・コミュニケーションズを訪問して、その目で会社や社員たちの様子を見たのか?」
「いえ、それは……」
小塚は大連の本社はもちろん、東京にあるという日本支社を訪れたこともなかった。
「こっちはね、そういうことをきちんと調べているんだ。財務状況や社屋の様子、業界での評判、幹部や株主の出自までね。君は、そういうことを全部すっとばして勝手に作業をさせているんだろう? もし何かあったらどうするつもりだ」
「何かあったらって……。そもそもルッツ・コミュニケーションズは、羽生部長から推薦してもらった会社ですよ!」
総務担当取締役の村上が、部下筋にあたる羽生を可愛がっていることは小塚もよく知っている。
「人のせいにするんじゃない! 羽生君の推薦だからって、初めての取引先の調査をいい加減に済ませていいわけないじゃないか! そもそも君が自分でベンダーを探すべきところを、羽生君に無理強いして探させたそうじゃないか」
「無理強いだなんて、そんな……」
「最近IT業界が好景気で、なかなかいい会社がつかまらないそうじゃないか。羽生君は君に頼まれて仕方なく紹介したが、自信をもって推薦したわけではないんだろう?」
「羽生が、いい加減に選んだと?」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
村上が声を荒らげた。
「彼は彼なりに、君のためにできる限りのことはやったはずだ。しかしこの人手不足だ。技術力があり、経営も安定し、かつ信頼のおける会社なんて、そうそう見つかるもんじゃない。その責任は、最終的にルッツ・コミュニケーションズの採用を決めた君にあるってことだ」
「それは、分かりますが……」
「とはいえ、業界素人の君にベンダーの良しあしなんて分かるわけがない。だから、われわれが代理で調べてやってるんじゃないか。君のためにやってるんだぞ。分かってるのか? おい!」
村上の言葉よりもそのけんまくに押されて、小塚は黙らざるを得なかった。
「とにかく、もう少し待ちたまえ。そのうち白黒をはっきり付けてやるから」
「白黒って何だよ!」
自席に戻った小塚は感情にまかせて机をたたき、部下たちの視線が一斉に小塚に向けられた。
つづく
「コンサルは見た! 情シスの逆襲」第6話「ベンダーは見つからないって言ったじゃないか!――ふたりはライバル」。
細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)
システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。
※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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