美咲は、騒然とした空気を圧するように、声量を上げた。
「そもそも!」
その声に株主たちが一様に口をつぐんだ。
「必ずしも正しいことではありませんが、契約が開発スタートより遅れることが日常茶飯事のシステム開発において、わずか2カ月契約が遅れただけなのにいきなり内容証明郵便で不法行為を訴えるなど、いかにも不自然です」
「初めての取引先なんだ。契約が遅れれば不安にもなるだろう」
鈴木が声を上げた。
「鈴木前社長、随分お詳しいようですね?」
美咲の問いに、鈴木はハッとしたように口をつぐんだ。
「おかしなことは、それだけではありません。ベンダーを探してほしいと小塚取締役が羽生部長に頼み込んだとき、『今、空いているベンダーはない』との話だったのに、その3カ月後にはAI在庫管理システムの開発を出入りのITベンダーに発注しています」
「それは、たまたま……」
今度は羽生が口を開いたが、自分に向けられた美咲の視線に言葉が続かなかった。羽生が黙るのを見て美咲は続けた。
「そしてトラブルの直接の原因は、村上常務が新規取引先の承認を不自然に遅らせたことです」
それまで黙っていた株主たちが再び騒ぎ始めた。そのざわめきに抵抗するように、村上の声が響いた。
「因縁をつけるのもいい加減にしてくれたまえ! 私と羽生君が結託してプロジェクトをつぶしたとでも言いたいのか、キミは!」
しかしそれは逆効果で、ざわめきはさらに大きくなった。
鈴木はざわめきを押しつぶすように、さらに大きな声で美咲にほえた――「貴様、証拠でもあるのか! 事と次第によっては、ただでは済まないぞ!」
迫力を増した鈴木の声にも、美咲は動じなかった。
「弊社の白瀬が、大連のルッツ・コミュニケーションズに行ってCEOに話を聞いてきました。そのときに出てきたのがこれです」
美咲の言葉を合図に、小塚が会議室備え付けのプロジェクターのスイッチを入れ、スクリーン上に名刺を映した。
株式会社ラ・マルシェ 常務取締役 村上泰三
「この名刺は今から1年前、スマホ・デ・マルシェの開発が始まる前に村上常務が大連を訪問して置いていったものです」
1年前といえば、小塚が一生懸命ベンダーを探していた時期だ。
「そして」と、美咲は続けた。
「この時点で村上常務は、ルッツ・コミュニケーションズにスマホ・デ・マルシェの開発を依頼しています」
「どういうことだ? わけが分からん」
株主の1人が声を上げた。美咲は、村上の顔を見つめて問いかけた。
「村上常務、大連のCEOが全てゲロったわよ。あなたがルッツ・コミュニケーションズに依頼したのは、システムの画面回りだけですね。パッと見はサービスが動いているように見えるけど、中身は空っぽのハリボテを作るように依頼したんですよね」
「ますます、訳が分からん!」
別の株主からも声が上がった。村上は何も言えずに立ち尽くし、鈴木の表情は苦り切ったものに変わった。そして羽生は、先ほどから下を向いたきりだ。
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