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» 2019年12月09日 05時00分 公開

3キロ先の父の職場まで三輪車で走破 内向的で行動派なアイスランド生まれのCTOが東京工業大学を選んだ理由Go AbekawaのGo Global!〜Arnar Jensson編(前)(2/2 ページ)

[取材・文:阿部川久広(Go Abekawa), 構成:中村篤志,@IT]
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アルバイトで出会った「自分の人生をエンジョイしていない人々」

阿部川 学校の勉強で何が得意でしたか。一番は数学ですか。

イエンソン氏 そうですね、どういうわけか数学は最初から得意でした。8歳のころだったと思うのですが、算数の本を読んで「なんて素晴らしい本だ」と思いました。とにかく全部の問題が解きたくて、時間も忘れて取り組みました。自分が家にいてやれることの、最高の楽しみが算数の問題を解くことでした。

 でも実は言語に関する教科はそれほど得意ではなかったのです。今こうやって言語とAIに関する仕事に携わっているのは、実はちょっと不思議です(笑)。

阿部川 その後、高校に進まれますが、変わらず数学が好きでしたか。

イエンソン氏 はい、数学関係の学科を全て取りましたし、科学も勉強を続けました。高校時代はあまり大学を意識していなかったのですが、ある出来事をきっかけに強く意識するようになりました。

阿部川 それはどういったことでしょうか。

イエンソン氏 16歳から19歳くらいまでの間、夏休みを使って近所の水産工場でアルバイトをしたんです。毎日朝8時から夜の10時過ぎまで、へたをすると16時間ぶっ続けのときもありました。なかなか過酷なアルバイトでした。

 そこで働く人を見ていて「彼らは自分の人生をエンジョイしていない、自分の人生を生きていない。自分が大人になったら、このような仕事はしたくない」。そう強く思ったのです。そのためにはどうすれはいいか。「よし、大学に行ってまず勉強しよう」と思ったのです。

阿部川 なるほど。そうしてアイスランドの大学に入学されたのですね。

イエンソン氏 そうです。どうせならいろいろな国に行って勉強したいと思っていたので、デンマーク工科大学との留学プログラムがあるアイスランドの大学に応募しました。おかげさまで留学生に選ばれ、デンマークで1年を過ごしました。知らない国で、聞いたことがない言葉を聞きながらの一人暮らし。それはそれは自由で素晴らしい1年でした。

阿部川 ご両親から離れた初めての一人暮らしだったのですか。

イエンソン氏 一人という意味ではその通りです。ただ17歳のときにアメリカで暮らしたことがありましたし、オーストリアのウイーンで過ごしたこともありましたので、両親の元から離れることに抵抗感はありませんでしたね。ある意味気軽に国際的な広がりを体験できることは、ヨーロッパユニオンの、少ないけれども、とても良いところかも知れません(笑)。

阿部川 日本という島国で生まれた立場から見ればうらやましく思います。その後、コンピュータエンジニアリングの修士号を東京工業大学(以下、東工大)から授与されています。なぜ東工大に行ったのですか。

画像 阿部川“Go”久広

イエンソン氏 デンマーク工科大学にいたころ、世界各地の大学を巡って勉強するプログラムがありました。さまざまな大学や企業などを訪問した中の一つが東工大でした。それまで日本を意識したことはなかったのですが、1週間近く滞在し、多くの教授陣にお会いして、とても良い印象を持ちました。

 するとタイミング良く、アイスランドの新聞で「日本の大学が奨学生を募集している」という広告を見つけました。これはいい、奨学金をもらって日本で勉強しようと思いました。

必ず実現できると確信した「AIと音声認識」の組み合わせ

阿部川 現在7つの言語を習得されているとのことですが、当時から幾つもの言語を話すことができたのですか。

イエンソン氏 当時は、アイスランド語、デンマーク語、英語、ドイツ語の4つを話せました。幸い、東工大に入学できましたが、実は当時「こんにちは」すら、日本語で言えませんでした。日本は毎日、何か新しいことやチャレンジ、驚きがあります。本当に魅力的な文化を持った、魅力的な国だと思います。もう16年になりますが、私が日本に住んでいる一番の理由です。

阿部川 そのようにおっしゃっていただくと大変うれしく思います。その後、情報科学エンジニアリングの分野で博士号を授与されてますね。論文のタイトルが「希少情報下の言語に対する、音声認識システムの開発に関する研究」(A study on development of a speech recognition system for resource deficient languages)。これはどういった内容ですか。

イエンソン氏 ひと言でいえば音声認識アプリケーションです。当時は音声認識の仕組みがほとんどありませんでした。音声認識システムやAIのことを考えるのは、まさに未来を予想するようなものでした。しかし私には、15年、20年、30年とたつにつれて、必ず実現できる研究だという確認がありました。

阿部川 未来を予測されたのですね。

イエンソン氏 そんなに難しい予測ではないですよ。例えば現在のAIの原型になるような考え方は、1950年には既にありましたから。ようやく2000年になって、新しいアルゴリズムやニューラルネットワークが実現するようになってきたと思います。それでもまだ、今のように話題にはならなかったでしょう。そこからさらに10年以上たって、ようやく大きなトピックになったと思います。

阿部川 私は多くのAIエンジニアとインタビューしましたが、彼らの多くは30〜40代です。そんな彼らがいうには「1990年後半から2000年初頭にAIを集中的に研究し始め、それが大きく動き出し、現在ようやく花開いてきたと感じる」と。ほんの20年前ですら、アイデアがあってもAIは実現できるものではなかった。だからその分野を専門とするのは無謀な取り組みだったかもしれません。今から思えば、もったいないとは思いますが、それはあくまで、こうして後から考えられるからです。イエンソンさんの場合は音声認識に特化していますね。

イエンソン氏 そうですね。どちらかといえば言語そのものの生成プロセスに焦点を当てたものです。端的にいえば「ある音が発せられたとき、それが音声学的に何なのかを解析し、単語を想起する。そして、その単語の意味からテキストを生成する」という内容です。


 冒険少年だったイエンソン氏は、お小遣い目的、あるいはただ楽しいからという理由で順調に会社経営のノウハウを学んでいった。そしてCooori設立に必要だったという「代々木公園での6カ月」とは何か。後編に続く。

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