1カ月後、小塚が情報システム部を訪ねると、羽生が荷物を段ボール箱に詰めているところだった。
「本当に辞めちまうんだな」
小塚は小さな声で尋ねた。
「ああ。新天地でもう一花咲かせるよ」
答える羽生の声は反対に大きく、希望に満ちていた。
「江里口さんが紹介してくれたんだって? X市の仕事」
羽生は、四国のX市が取り組むデジタルトランスフォーメーションプロジェクトに、プロジェクトマネジャーとして参加することになったのだ。市内の流通業が、マーケティングやセールス、ERPなどのシステムを共同で利用し、市が各種の承認や認可も効率化するという試みだ。羽生は音頭を取る市役所に勤めることになる。
「面白そうな仕事だよ。給料はだいぶ下がっちゃうけれど、自分の企画を形にできるやりがいには代えられないな」
楽しそうに話す羽生に、小塚がうなずいた。
「羽生には、そういう才能があるもんな。AI在庫管理、あれも本当に良いものだ」
「あの件、後は頼む。『スマホ・デ・マルシェ』の開発も復活して大変だろうけど……」
「任せとけ。攻めと守りの両輪で、きっとラ・マルシェを復活させるよ。そうしたら、X市の特産品も、どんどん売るからな。品切れなんか起こすなよ」
「分かった、分かった」
話が一段落すると、羽生は少し神妙な顔つきになり、小塚に小さく頭を下げた。
「いろいろ……迷惑を掛けたな」
「いや。高橋社長も話してた。あれは、これまで社内の情シスを軽んじてきた経営側が引き起こした事件だったって」
「経営側?」
「羽生が話していた通り、日本企業の情シスは報われないことが多い。日々単調な運用作業に追われ、本当の力を発揮できず、認められることが少ない」
「目立つのは、怒られるときだけだもんな」
羽生が苦笑いを浮かべた。
「だが、これからは違う。今後はテクノロジードリブンでサービスや製品を企画し、作っていく時代だ。ベンダーはそのサポートをするか、開発、運用の環境を準備する。自分たちの手によるデジタルトランスフォーメーションが会社全体をけん引する。そのとき主役になるのは、情シス。仕事をリードできるように生まれ変わった情シスこそラ・マルシェの宝になるんだ……と、高橋社長が言っていたよ」
「なんだ受け売りか」
羽生が笑い、小塚も恥ずかしそうに頭をかいた。
「じゃあな。70歳になったら一緒に飲みながら、バカ話をしよう」
「そんなに待てるか。何か理由を作って、X市に出張でも入れるさ」
「そうか……待ってるぞ!」
羽生は明るく答えると、段ボールを閉めてガムテープで封をし、部下たちを集めた。羽生の最後のあいさつを背中で聞きながら、小塚は情報システム部を後にした。
「コンサルは見た! 情シスの逆襲」は、今回で終了です。次Seasonを楽しみにお待ちください。
細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)
システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。
※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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