まずは、事件の概要を見ていただこう。
あるベンダーが、ある食品会社の「販売管理システム」と「生産管理システム」の開発を請け負った。
販売管理システムは一通りの工程を終えて納品し、検収も受けたが、生産管理システムは、要件定義・設計フェーズの検収は受けたが、後続の構築、運用準備・移行を完了する前に、食品会社から契約を解除する通知があり、中断となった。
通知には解除の理由は「食品会社の工場統合による」との記載があったが、ベンダーはこの解除が食品会社側の一方的な解除であるとして、約1200万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。一方の食品会社は、解除の本当の理由は「ベンダーの能力や態度をみて、このまま開発を続けても満足のいく結果を得られる見込みがなくなったこと」であると主張した。
実は、食品会社が不信を募らせる原因となったのは、途中解約した生産管理システムの方ではなく、検収したはずの販売管理システムの方だった。
ベンダーは販売管理システムの開発中、当初の見積もり範囲を超える追加費用を次々と請求しては、食品会社と追加契約を結んだ。契約の締結は両社合意の下で行われており、それ自体は問題ではない。しかし食品会社としては、その追加費用が本当に必要なものなのか、金額が妥当なのか、十分に検討できないまま、ベンダーのペースに乗せられる形で追加発注をさせられたとの感覚があったようだ。
また、検収後に多くの障害が発生し、それらが解決する前に新たな障害が発生して件数が累積していく、という状態だった。不具合の累積は後続の生産管理システムの開発スケジュールにも影響を与え、生産管理システムは本稼働の見込みが立たなくなっていた。
これらの問題に加え、ベンダーの不手際による顧客データの流出などの問題もあり、食品会社はもはや、ベンダーを信頼などできなかった。結局「2つのシステムが正常に稼働する見込みも立たないため、契約を解除せざるを得なかった」というのが食品会社側の論だ。
一方のベンダーは「この解約は食品会社の一方的な解約である」と主張している。
システム開発では、契約当初には分からなかった新規要件の発生や技術的な課題が後になって分かり、作業工数が増すのはよくある話だ。それに対応するために追加見積もりを行うのは決して信頼を損ねるようなことではないし、事実、食品会社も追加の契約をしている。障害の発生にしても、検収後に不具合が発生するのは、ある程度は致し方のないことである。こうしたIT業界ならではの考えを基にすれば、ベンダーが食品会社の契約解除に納得できないのも分からないわけではない。
遅延と不具合多発に不安を覚えて、契約解除を希望したユーザーと、回復可能とユーザーに説明していたベンダー。
開発を諦めるか続けるかの分岐点は、どこにあると裁判所は考えたのだろうか。
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