世の中には本件同様に崩れかけるプロジェクトが多いが、その大半はユーザーに怒られつつも、最後には何とかまとまりをつける。このように裁判にまでなってしまうプロジェクトはごく少数だ。
ユーザーの不満や怒りを早期に察知し、計画を見直すなどしてプロジェクトを立て直せれば、傷は浅くて済む。しかし本件のベンダーは、ユーザーが自分たちの仕事に不満を抱えているとは感じていたが、それが契約解除をするほど深刻だとは思っていなかったのではないだろうか。
判決文を読むと、トラブルが頻発して2つのシステムの本稼働が危ぶまれる中にあっても、ベンダーは追加契約の見積もりを幾度となく提示していたようだ。ユーザーの不信が限界まで高まっていると感じていたら、なかなかできないことだ。
本件のベンダーは、ノー天気だったのかもしれない。普段から自らの作業やプロジェクト全体の状態を厳しい目で見て、顧客の不満を予測する姿勢が不足していたのだろう。
私の経験から言わせてもらえば、ユーザーというものは、どんなプロジェクトでも多少の不満は持つものだ。それに早く気付けるかどうかが、契約の解除や争いの防止に有効だ。
紹介した事件の例では、何といっても不具合への対応の遅さが致命的だった。ユーザーは直接口には出さなかったかもしれないが、日々増えていく残存バグの数を見れば、平常心ではいられなかっただろう。
ベンダーが出す追加見積もりについても、契約は結んだものの、その正当性、妥当性に納得していなかった節がある。追加の作業や機能は本当に当初要件からの純粋な追加分なのか、単なる考慮漏れを後から付け加えているだけではないのか――そう思っていたのではないだろうか。ベンダーは権利を主張する前に、ユーザーにきめ細かく説明をしたり、話し合いをしたりしなければならなかったのではないだろうか。
不具合が頻発してスケジュールにも影響が出ていたのだから、不具合をつぶすことも必要だが、その傾向を分析して、根本的な手だてを取るプランをユーザーに伝えるべきだった。
人の問題なのか、上流工程のドキュメントに問題があるのか、あるいはレビュー・テスト体制に問題があるのか、そうした数多くの不具合に共通する原因を探り、根本的な解決を図る姿勢を見せることで、崩れかけたユーザーの信頼を回復することも可能だったかもしれない。
そもそもベンダーには、ユーザーに説明する義務がある。
ユーザーから言われる前に、「お客さまは怒っているかもしれない」と予測して、安心させる手を打つことが必要だ。見積もりの妥当性や不具合の原因とその対応策を説明し、ユーザーと共に解決する。そんな姿勢が、本件のベンダーには足りなかった。
無論、そんな相談を持ち掛けたところで、相手にしないユーザーもいるかもしれない。しかし、それでも、しつこく説明する姿勢を崩さなければ、少なくとも裁判における判断は違ったものになっただろう。
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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