人間ならすぐできるのにコンピュータには難しい、そこが面白い――グローバルに活躍するエンジニアを紹介する本連載。今回はOrCam TechnologiesのYonatan Wexler(ヨナタン・ウェクスラー)氏にお話を伺う。コンピュータで遊ぶより、コンピュータが持つ可能性に心引かれた同氏が「OrCam MyEye」を開発した理由とは。
世界で活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。今回ご登場いただくのはOrCam Technologiesで視覚障害のある人を支援するデバイス「OrCam MyEye」を開発した、Yonatan Wexler(ヨナタン・ウェクスラー)氏。
小さなときからコンピュータが身近にあり、ゲームに夢中だった少年はいつしか「コンピュータそのものの可能性」に魅了されていく。聞き手は、アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広。
阿部川 ウェクスラーさんはイスラエルのご出身ですね。
ウェクスラー氏 はい。エルサレムで育ちました。
阿部川 小さいころはどのようなお子さんでしたか。
ウェクスラー氏 何にでも興味のある活発な子どもでした。特にテクノロジーには興味がありました。当時はテレビが白黒からカラーになった時代で、HiFiオーディオなどデジタル機器が登場し、「コンピュータ」が私たちの身近になってきた時期だと思います。
阿部川 小さいころからコンピュータが近くにあったのですね。ウェクスラーさんが最初に使ったコンピュータは何でしたか。
ウェクスラー氏 「CBM64」(コモドール64)です。10歳のころだったと思います。多くの子どもがそうであるように、まずはゲームに夢中になり、しばらくしてからプログラミングを学びました。
阿部川 いいですね。当時イスラエルでは、多くの子どもたちがコンピュータを持っていたのですか。
ウェクスラー氏 そうですね、みなゲームに夢中でしたね。例えば誰かが新しいゲームを手に入れると、皆で駆け付けて一緒にやっていました。そうしている内に「コンピュータに何をやらせるか」「どう表現したらいいか」といったことに徐々に興味を持ち始めました。
阿部川 将来が楽しみな子どもですね(笑)。そのころからエンジニアになりたいと考えていらっしゃいましたか。
ウェクスラー氏 うーん、どうだったかな……芸術は好きでしたし、コンピュータも好きでした。特に機械がどのように世界を認識するか、それを人間がどのように認識するかというテーマはとても魅力的でした。
例えば人は、他人を見たとき、その人に関してある一定の認識を得ますが、自分以外の人がその同じ他人を見たからといって、自分と同じ認識を持つわけではありません。つまり見たことと認識したことは違っている。なぜそうなるかと考えると、たくさんの面白い疑問が浮かんできました。
阿部川 そんなに小さいときから、人の視覚とか五感とか、あるいはそれに基づく行動とかに興味があったのですか!
ウェクスラー氏 いえいえ(笑)。そこに行くまでにはもう少し大きなジャンプが必要でした。PCがキーボードだけではなく、マウスが登場して進歩したような感じです。
阿部川 コンピュータ以外ではどんなことをしていましたか。
ウェクスラー氏 イスラエルは共和制国家なので、子ども時代の環境は日本とは違います。子ども同士で活動することが多く、遊びながらお互いを指揮しあったり、指導しあったりします。その中でコミュニケーションの仕方と、グローバルな視野で物事を考えることを学びます。共同体の視点と言ってもいいかもしれません。これは素晴らしいことだと思います。コミュニケーションを通して、お互いがアイデアを理解し、伝える。そのような能力は私たちが進歩していく上で欠かせませんから。
阿部川 小学校や中学校の時は、どの教科が得意だったのですか、やはり数学ですか。
ウェクスラー氏 基本的に、数学ですね。今思えばコンピュータ、電子工学などに関連するものが好きでした。最初は計算速度の速さに魅了されましたが、次第にコンピュータがもたらす可能性に興味を持ちました。新しいものを創りだす可能性と言ってもいいかもしれません。高校の時には、既にソフトウェアを自作していました。
阿部川 そうですか! どんなソフトウェアですか。
ウェクスラー氏 不動産ビジネスのシミュレーションソフトです。
阿部川 それはすごい。高校の時点でビジネスに興味がおありだったんですね。
ウェクスラー氏 はい。ほんの少しですが、もうかりました(笑)。
阿部川 よかったですね(笑)。大学では何を専攻されていましたか。
ウェクスラー氏 数学とコンピュータサイエンスです。メリーランド大学で博士号を取得しました。
阿部川 素晴らしい。大学ではどの分野に力を入れていましたか。
ウェクスラー氏 大学に入ってからも数学が好きでした。数学の世界の厳格な部分、「答えが1つになるまで諦めずにやり続けないといけない」というところが好きでした。ある人にとっては退屈で面白くないと映るかもしれませんが、考える過程で多くの不確実なものを取り除いていく、そのプロセスが好きでした。
この視点は、人が「世界を見る」場合にも当てはまると思います。幾つかの事実があり、その事実に対する答えがある。その関係性が分かれば未来を予測できます。事実がはっきりしないと計画は立てられませんよね。数学そのものはドライですが、リアリティーを加えられれば、より多くのことが達成できます。それによって思考をさらに上の段階にと飛躍させることも可能でしょう。
阿部川 大学に残って、アカデミックな分野に進むということはお考えにならなかったのですか。
ウェクスラー氏 考えませんでした。話すより、行動を起こす方が好きでしたから(笑)。
阿部川 「考えるより実践」ということですね。その後、博士課程に進まれます。
ウェクスラー氏 はい。学士課程の中で、視覚に関するコンピュータの研究に興味を持ち、もっと深く学びたいと思ったんです。ただ博士課程にいる間に分かったことは、コンピュータやコンピュータを用いた視覚研究の分野で何が起こっているのかを、正しく認識して知っている人が誰もいないということでした。つまりこの分野は文献などで研究するのではなく、実際にやってみないと分からない、ということが分かりました。ですから博士号を取得した後も少しの間はリサーチを続けていました。
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