イツワのシステムセンターには、サンリーブス以外にも数多くのITベンダーが常駐して、新勘定系システムの開発作業を行っている。その中でもひときわ人数が多く、フロア内の特別にパーティションで仕切られたエリアで作業をしているのが「東通」だ。古くから日本のIT産業をけん引してきたこの会社は、イツワ銀行とももう40年以上の付き合いで、今回の開発でも中心的な役割を担っている。
翔子が田中と話してから1週間ほどたったころ、東通のプロジェクトエリアでは、現場のリーダーを務める岸辺和弘が開発用サーバの画面を見ながら首をかしげていた。
「信用スコアリングのテストデータって、このNCT001サーバにあるんじゃなかったっけ?」
昨今はどの銀行も個人客向けにカードローンサービスを行っており、その融資枠の決定には、対象顧客の預金額はもちろん、他社も含めた借り入れ状況や年収、持ち家などの資産の事細かな分析が必要だ。最近は反社会団体とのつながりなど、いわゆるバックグラウンドも調査をして検討の対象にしている。銀行はそれらを総合的に分析し、顧客の信用度合いをスコアリングしている。
岸辺のチームが担当する顧客の信用管理機能のスコアリングは、その進捗(しんちょく)が貸し付けや顧客管理をはじめとする、多数の他機能に大きく影響するシステムだ。
「いや、そこに入ってるはずですよ」
隣に座る堺幸也が岸辺のPCをのぞき込んだ。
「だって、ほら、何にもないよ。このフォルダも、その上も空っぽだ」
「ええ!」
堺の大きな声に、周囲のメンバーたちの視線が集まった。堺は岸辺のPCを自分の方に向けると、エクスプローラーであちらこちらのフォルダを探し回った。
「ちょっと待ってください。確かに、ここに……あれ?」
「ほら、ないだろ?」
「いや、だって、この前は確かに……おっかしいなあ」
「誰か、ここにあったテストデータ、どっかに移したか?」
岸辺は東通のメンバー全体に聞こえるように言ったが、皆「その場所にあったはずだ」「自分が見たときには何もなかった」などと答えるのみで、データの所在を知るものはいなかった。
「csvファイルが、全てなくなってる……」
堺のつぶやきに、集まったメンバーたちが黙り込んだ。岸辺は心臓の動悸(どうき)が激しくなっていくのを感じていた。
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