偽装請負が横行する銀行の勘定系システム刷新プロジェクト。ベンダーのプロマネは契約外作業の依頼を止めてくれるよう銀行の担当者にお願いするが……。
ベンチャー企業。AIソフトの開発を得意としていたが、最近はさまざまな案件を請け負っている
大手老舗ITベンダー。イツワ銀行勘定系システム刷新プロジェクトでは、顧客の信用管理機能のスコアリングパートを受け持っている
日本を代表するメガバンク。勘定系システム刷新プロジェクトの真っ最中
大手コンサルティングファーム
メガバンク「イツワ銀行」の勘定系システム刷新プロジェクトの画面周りとAIチャットbot部分を担当する「サンリーブス」の新任プロマネ澤野翔子。メンバー桜田みずきの勤怠に疑問を持ちサブリーダーの野口を問い詰めると、桜田はイツワの行員や他のベンダーの仕事を手伝って、毎日残業をしているという。会社の方針で他のメンバーも多かれ少なかれ契約外作業をしているという野口に翔子は、「請負契約なのに契約外の仕事をさせるのは偽装請負だ!」と息巻くが……。
「何かありました?」
イツワ銀行システム本部の田中孝仁は、自分のデスクの前に立つサンリーブスの澤野翔子の顔を見上げた。翔子の唇が真一文字に結ばれていることが田中には煩わしかったが、それはいつものことだった。
「スミマセン。あの、弊社の桜田みずきのことなんですが」
田中は少し首をかしげた。
「桜田さん? ああ、いつもよくやっていただいてますよ。それが?」
田中はイツワに常駐する10社ほどの外注ベンダーの窓口であり、作業や勤怠の状況も管理している。イツワの行員や他ベンダーからサンリーブスのメンバーに作業依頼があるとすれば、それを把握しているべき立場だ。
「ありがとうございます」と小さく頭を下げてから、翔子は芯の通った声で続けた。
「少し気になることがございまして。どうも、その……彼女、契約外の作業も請けているようで……」
「ん?」
田中は、それまで丸めていた背中を真っすぐに伸ばした。
「ご存じの通り、私どもサンリーブスは今回のプロジェクトにおいて、主に画面周りとチャットbot部分をお任せいただいております」
「そう……ですね」
「しかし桜田はどうも、それ以外にもいろいろと。イツワの皆さんにPCの操作を教えたり、資料作りを手伝ったりなどしているようでして……。それだけじゃなく最近は、よそベンダーにテスト要員として駆り出されたり、データ操作のツールまで作ったりしているようなんです」
無言のままの田中に、翔子は続けた。
「申し訳ありません、私の管理が行き届いておらず。今後はこうした契約外の作業はお断りするように、本人にも言って聞かせます。ですから……」
田中は背筋を伸ばしたままだ。
「あの……こうした契約外の作業を避けるために、今後はうちのメンバーへの作業依頼は必ず私を通していただけるよう、田中課長からイツワの皆さまや他のベンダーへお伝えいただけないかと……」
「私から?」
「はい」
田中がこうした現状を知っているのか、翔子には分からなかった。ただ、契約外作業をやめさせる権限を持っているのは、この男のはずだ。
田中はいったん翔子から視線をそらし、肩が凝っているのか、頭を肩の上でくるりと一回転させた。
「そう。請負契約ですからね。確かに正しいことではないのかもしれない。いらっしゃってまだ間がない澤野さんから見れば、そりゃ文句の一つも言いたくなるでしょう」
「文句だなんて……」
「いやいや、いいんですよ」と、田中は伸ばしていた背筋を少し丸めて、普通の行員より高い背もたれのついた椅子に身を任せた。
「分かりました。折を見て、私の方から言っておきますよ。ウチの行員にも他のベンダーにも、『サンリーブスさんに余計な仕事をさせないように』ってね。いつかの機会に」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」と、翔子は深く頭を下げた。
「ときに澤野さんは、サンリーブスのプロパー社員ではないとか?」
頭を上げた翔子に田中が尋ねた。
「はい。『A&Dコンサルティング』から、このプロジェクトのために出向してまいりました」
「A&D……外資のね。なるほど……。いえいえ、何でもありません」
田中の口角がわずかに上がったように翔子には見えた。
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