再び9月10日のA&Dの会議室。翔子の話を聞いた白瀬は腕組みをして、「分かりませんねえ」と首をひねっていた。
「メンバーたちは何だって、そんなに大丈夫、大丈夫って言うんですか? 自分たちだって苦しいでしょうに」
「アンタはベンダーの経験がないから分からないかもね」
美咲が白瀬の方を向いた。
「これは、一種の『ゆでガエル』。毎日、少しずつ少しずつ苦しくなっていくことに、人は意外と気付かないものよ。それよりもお客さんの評価の方がどうしても気になって、仕事を受けてしまう。変に断ってもめ事を起こしたくないし、自分のせいで会社の評判が下がるのも困る。お客さんから『ありがとう』『助かった』『あなたにお願いしてよかった』なあんてことを言われるのもうれしい。体も心もへとへとなのに、そういう心理が心をまひさせることがあるのよ」
「そんなもんかなあ」
白瀬は納得がいかない様子だ。
「仕事の内容によっては、確かに『こんなの、何で自分たちが』って思うこともあるけど、お客さんから面と向かって頼まれれば、断り切れないものよ。他のベンダーからも使われちゃうっていうのは、ちょっと珍しいけれど、プロジェクト内で新参者のサンリーブスなら、そんなこともあるかもね」
つづく
「コンサルは見た! 偽装請負の魔窟」第6回は、2020年10月27日掲載です
細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)
システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。
※「コンサルは見た!」は、本書のWeb限定スピンアウトストーリーです
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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