「もちろん、われわれもことを荒立てるつもりはないんです。ですが、もうこんな偽装請負はやめにしたい。しかし、山谷さんや田中さんにお願いしても、正直らちが明かないんです」
「そうだろうね」
小関の息を飲む音が、翔子にも聞こえた。
「しょ、証拠はあるの?」と尋ねる小関の前に、翔子がプリントアウトの束を差し出した。
「サンリーブスや東通のメンバーたちがイツワの行員から受けた作業指示のメールや作業記録をそろえました。ここに来る前に他のベンダーも説得してきました。みな、サンリーブスの状況を見て明日はわが身と、自分たちの記録を出すことに合意してくれています」
「パートナー企業全社が?」
「ええ。偽装請負が違法行為であることは、皆さん承知しています。そして皆さん、少なからず迷惑をこうむっていたということでしょう」
「しかし……だからといって、私が内部で告発しても、山谷さんは次期取締役の有力候補だし、後ろ盾になる役員だっている。簡単に握りつぶされてしまうよ」
「もちろんです」
白瀬がうなずいてから背中を丸め、少しだけ小関に顔を近づけた。
「小関さんの上司赤谷法務部長は、次期取締役レースで今若干山谷さんに後れを取っていらっしゃるとか……」
白瀬は、このネタを同僚のイツワ担当コンサルタントから仕入れていた。
ニコリとしながら、姿勢を元に戻す白瀬に、小関の人の良さそうな顔が一度白くなり、それから再び赤みを取り戻した。
「これを、うまく使え……と?」
「それで事態が改善されるなら、ベンダーたちにも、赤谷部長や小関さんにも、そしてイツワ銀行にも、望むべき方向だと思いますが」
目の前で、小関の顔が明るく変わっていくのを見ながら、白瀬はこんな闇取引まがいの話を持ち掛けた自分に対する嫌悪感が、ほんの少しだけ心に広がるのを感じた。
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