新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行によってリモートワークが増え、インターネットへの影響が言及されることが多くなった。どこまで影響が出ているのか? インターネット回線のトラフィック増の話と動画サービスの話を切り分けて考察してみよう。
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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行の影響でリモートワーク、テレフォンカンファレンスなどのテレワークが推奨され、それを実践している組織や個人も多いだろう。そこで、真っ先に心配したのがトラフィック増によるインターネット接続速度への影響だ。例えば、在宅でのリモートワークや余暇時間の動画視聴が増えれば、平時とは異なるトラフィック増が時間帯や地域といったくくりで発生する。プロバイダーなどは、この事態に対応するために苦労しているのではないかと想像した。
結論から言おう。トラフィック増にまつわる、障害や輻輳(ふくそう)などの影響は極めて限定的だ。つまり、心配するほどのことではない、ということだ。意外な印象だが、理由を聞けば大いに納得する。
その一方で、Netflix、Amazon Prime Video、YouTubeといった動画サービスの速度や品質に対する不満めいた声もチラホラと見掛ける。2020年3月以降、筆者の家庭では「Netflix、最近反応が鈍くなってない?」という会話が時々交わされている。ただ、これも常に起きているわけではなく、ほとんどの利用時間においては、特段のストレスなくドラマや映画を楽しんでいる。
ここでは、インターネット回線のトラフィック増の話と動画サービスの話を切り分けて考察してみよう。まず、トラフィックについて。
2020年3月24日、高市総務大臣閣議後の記者会見の質疑応答において、新型コロナウイルスの影響とトラフィック増の関係について記者から質問が出た。それに対し大臣は、「『平日昼間』の数値が2割程度増加して、『休日昼間』並みまで伸びております。一方で、『夜間』の数値については、平日・休日を問わず大きな変化はございません」と回答している。
その上で、「通信ネットワークは、日本の場合、利用ピークに耐えられるように設計されており、夜間の通信量に大きな変化がないことから、現状では、問題はないと認識しております」と結論付けている。つまり、通常、トラフィックのピークは、夜間にあり、それに合わせて設備を設定しているので、昼間に2割程度増加しても問題はない、というわけだ。
それを裏付けるような現場の声もある。2020年3月13日付けのIIJ Engineers Blogにおける『新型コロナウイルスのフレッツトラフィックへの影響』というエントリーでは、トラフィック状況のグラフを示しつつ、「マクロレベルでは平日昼間のトラフィックが少し増えたものの現状では何とか既存の容量に収まっている状況です」と結論付けている。
このサイトのグラフを子細に見ると、安倍首相の要請を受けて学校の臨時休校が始まった2020年3月2日以降、確かにダウンロード、アップロードともに昼間のトラフィックが増加している。一方、夜間のピーク時は、昼間ほどの増加は見られず、想定の範囲内に収まっているという。
この傾向はIIJに限らず、他のプロバイダーも同様である。ある最大手級プロバイダーの幹部も、「日本全体で平日の昼間が休日並に増えた程度で、特に問題はない。弊社では平日昼間のトラフィックが3割程度増えた程度」と明かす。昼間のトラフィックが3割増えた程度では、設備に余裕がある、ということだ。
先のIIJ Engineers Blogのエントリーは、「フレッツ網の光分岐やPPPoE終端装置で輻輳している可能性」を指摘している。つまり、NTT東西のフレッツ網の輻輳が原因でプロバイダー側に流れるトラフィックが抑制され、プロバイダー側では問題となっていない、という見方である。SNSで不満を訴えている人は、フレッツ網に起因する「パケ詰まり」現象を被っている可能性がある。
フレッツ網に起因するパケ詰まりについては、小生のコラム「固定回線でも『ギガ不足』におびえる時代が到来か、トラフィック急増により現場で起きている悲劇とは」で詳しく説明している。簡単に解説すると、NTT東西の局舎内に設置してある網終端装置が原因でパケ詰まりが発生し、プロバイダーが増設したくてもNTT東西が定めたセッション数などの増設基準が原因で思い通りの運用ができないという話である。
インターネット回線の状況は理解した。では、自宅にこもったユーザーの利用が拡大しているといわれている、動画サービスの現状はどうであろうか。Netflixは、2020年3月21日、「Netflix、ネットワークのトラフィック削減とメンバーの視聴体験維持を両立するための施策を導入」と題した声明を公開した。それによると、「ネットワーク上のトラフィックを25%削減する施策を直ちに開発、試験し(中略)運用を開始」とある。
これは、EU(欧州連合)の要請に応えた形だ。この声明によると、Netflix以外にも「Amazon、YouTubeといった企業に対し、通信ネットワークを可能な限り効率的に使用するよう要請」しているという。25%削減というと、かなりの絞り込みであり、画質を相当落とさなければならないのでは、と心配になる。
ただ、声明では「メンバーは現在ご利用中のプランが対応している画質で引き続き動画をお楽しみいただけます」としている。月額1800円の4K画質のユーザーにも「心配するな」と太鼓判を押しているわけだ。ちなみに、同社が公開している「推奨されるインターネット接続速度」を読むと、「3.0Mbps - SD画質に推奨される接続速度」や「毎秒25メガビット - UHD画質に推奨される接続速度」と明記されている。
ちなみに、わが家のインターネット回線(フレッツ+@niftyの「v6プラス」接続)の通信速度を「フレッツ速度測定サイト」で計測したところ、上り下りともの90Mbps前後出ており、額面上は問題ない。
とはいうものの、Netflixを視聴している最中に時々、不具合(動画が止まるというより、メニュー画面やコンテンツのサムネイル表示が異様に遅い)を感じるのは事実なので、やはり回線とは別の部分で、視聴ユーザーの増加による、何らかの影響が出ているのではないか。真っ先に疑いたくなるのは、Netflix側のサーバだが、こればかりは末端のユーザーには分からない。
インターネット業界の一部からは「トラフィックが増えているにもかかわらずCDN(Content Delivery Network)事業者に対する支払いを渋って帯域を広げていないのでは?」という臆測も飛び交っているが、CDNビジネスに詳しいメディアコンサルタントの鍋島公章氏によると、「NetflixもYouTubeも自社でCDNを運用している。また、配信ポイントの多くは、無料もしくは固定価格での契約なので、使用帯域が増えてもコストは大きく変わらない」という。
さらに、YouTubeについては「すでに広告事業として黒字であり、視聴時間が増加すれば広告収入も増えているはずである」(鍋島氏)と予想する。Alphabetが2020年3月2日に公表した2019年第4四半期の決算報告によると、YouTubeの広告収入が前年同時期の36億500万ドル(約3909億円)から47億1700万ドル(約5115億円)へと約3割増を示している。直近の四半期は、コロナショックの影響でさらに伸びるのではないか。
少なくとも日本国内においては、主要動画サービス各社は、今回のトラフィック増に耐え得るインフラを構築しているということであろう。
ただ、固定網への影響は少なくても、鍋島氏は、モバイル接続について次のように懸念を示す。「モバイルは、昼間や夕方にピークが来ることが多く、休校措置が長引くようなことになると、スマホでの授業が増え、トラフィック問題が健在化するのではないか。特に、格安を売りにするMVNO(Mobile Virtual Network Operator:仮想移動体通信事業者)の中には、対応に苦慮する場面も今後あり得る」と警鐘を鳴らす。
今回の記事では取り上げなかったが、世界レベルで見たら、コロナショックで最も大きな影響を受けたのは、リモートカンファレンスシステムの提供者だったのかもしれない。Zoomの障害が報じられたことでも分かるだろう。急激なユーザー増に対処し切れなかったということであろうか。
筆者の周囲には、「在宅でも業務に全く問題はない」(アプリ開発プログラマー)、「満員電車でエネルギー消耗しないので仕事がはかどる」(システムエンジニア)、「ほとんどの社員をリモートで勤務させているが業務に支障は感じない」(IT企業経営者)といったリモート勤務について肯定的な感想を漏らす人が多くいる。まあ、基本的にIT業界の人ばかりなので、当然と言えば当然なのかもしれないが……。
この騒動が収束した際には、さすがに、各社とも現在のリモートワークの状態をそのまま継続することにはならないだろうが、それでも、これまでの習慣的な仕事の流れの中で振り返ることがなかった、無駄や非効率な業務体制を見直すきっかけにはなるだろう。そして、リモートワークの利用者は確実に増えるのではないか。
ただ、そうなった場合に、筆者としての懸念を最後に付け加えておきたい。厚生労働省がLINEに委託して実施したアンケート調査では、リモートワークの実施率が5.6%にすぎないという結果が出た。この実施率でトラフィックが2〜3割増だということは、仮にリモートワークの有用性に気付いた多くの企業が導入し、実施率が上昇すれば、トラフィックが看過できないレベルにまで増加する懸念があることは申し添えておく。
音楽制作業の傍らIT分野のライターとしても活動。クラシックやワールドミュージックといったジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレーベル主宰。ITライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブといった大手出版社から多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」などの開発者であると同時に演奏者でもあり、楽器アプリ奏者としてテレビ出演の経験もある。音楽趣味はプログレ。
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