本件成果物には、システムエラーが生じる、ログインできないなど、本件システムを稼働する上で障害となる不具合が少なからず存在したものと認められ、(中略)正常に稼働することができないなどの瑕疵が(中略)存在したものと認められる。
(中略)
原告は本件基本契約13条を根拠に、(中略)みなし検収が成立する以上、瑕疵担保責任を追及することができない旨主張している。しかし、同条項は(中略)検査期間内に全ての瑕疵を発見、指摘できなければ瑕疵担保責任を追及することができない旨を規定したものではない。
(中略)
原告は、ソフトウェアに不具合がある場合でも、遅滞なく補修するなどすれば瑕疵担保責任の根拠となるような瑕疵とは評価されるべきでない旨主張するが、本件成果物は、そもそも納入が遅滞していた上、その不具合の数が多く、システムの稼働に支障を生じるような重要度の高いものも含まれていたのであるから、瑕疵があったとの評価を免れないというべきである。
裁判所はベンダーの請求を退けた。いくら納品しても、業務に使えないほどの不具合があるなら、発注者は検収を中止できるし、不合格通知を出すまでもないということだ。
発注者が検収中止を決めた時点で不合格通知を出せばよかったのではないかと思う読者もいるだろう。しかし、契約で定められた発注者の義務では、検収のために定められた項目の検査を完遂しないうちは正式な不合格通知を出せない。だからこそ発注者は、「不合格」ではなく「検収の中止」を通知したのだろう。ただしこれは私見である。
ベンダーはみなし検収を拡大解釈してはいけない。発注者に検収してもらうには、それなりの品質のソフトウェアを納品する必要がある。多少の不具合はあっても、最低限、業務に使えるものでなければならない。
実際のところ、納期までにこの程度の品質のものしかできなかったということは、プロジェクトがかなり苦しかったのだろう。ベンダーのとるべき行動は、もっと早い段階での納期変更を申し入れることだっただろう。無論、発注者の不興は買うだろうが、出来もしないものを検収することはどの道できないので、発注者も交渉に応じざるを得ない。そうなれば裁判など発生しなかったろう。
ちなみに、発注者に全く非がないとは私には思えない。発注者は成果物の品質に早くから気付けていたはずだからだ。
確かに請負契約の場合、発注者はベンダーの作業品質を把握する義務はない。しかし多くのプロジェクトで、進捗(しんちょく)やテストの状況などを発注者はベンダーから定期的に伝えられ、把握している。これは、契約は請負であっても、発注者がプロジェクトの状況を把握する必要があるからだろう。
この事件の発注者にはそうした姿勢が欠けており、だからこそ検収を途中でやめるという影響の大きい判断をしたのではないだろうか。実際、検収の時期になって初めてソフトウェアが使えないとなって、発注者社内でも多くの部署や人が迷惑を被ったのではないかと想像する。
双方の信頼とコミュニケーションを保つこと、プロジェクトが苦境になって、お互いに不満を持つようになっても、あえてワンチームとなって次善の策を考えること、そうした姿勢が、本件の両者には足りなかったと思う。
政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる
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