私が決めた要件通りにシステムを作ってもらいましたが、使えないので訴えます「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(88)(5/5 ページ)

» 2021年05月26日 05時00分 公開
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ITエンジニアが今後考えるべきこと

 今回の裁判は、「ベンダーの専門性」というものが、ベンダーが考えるよりも広く捉えられる可能性があることを示しているように思う。ここでいう専門性とは、特に要件定義をサポートするような場合は、プログラムやサーバ、ネットワークのことだけでなく、システムの使い勝手や、それを使った業務の流れをイメージできることでもある。そして、そうして実現した業務の姿が、その先にある「契約の目的」の達成に資するものであるのか、そうした物差しもベンダーは持っていなければいけない。

 例えるならば、家を建てるとき、施主が1階の部屋を広くしたいから階段の傾斜をきつくしようと言い出しても、建築家は「そんなに急な階段を作ったら、年をとったときに困りますよ」と進言して思いとどまらせる。そんなことが専門家には必要だということではあるまいか。

 随分と専門性を広く捉えているように思われるかもしれないし、私の中にも、そうした思いはある。ただ、翻って考えてみると、今後のITエンジニアにはそうしたスキルこそが必要となるのかもしれない。

 クラウドコンピューティングの流行やいわゆるローコードツールやRPA(Robotic Process Automation)などの普及が進むと、ITエンジニアが専門性を発揮する場が徐々に少なくなってくる。ベンダーがモノづくりをしなくても、ユーザー自身が自分の望むシステムを作れてしまう時代が、徐々にではあるがやってきている。

 そうしたときにベンダーは、細かいモノづくりよりも自分たちが得意とする業務ソフトウェアやサービスを武器に、ユーザーの業務を変えることをミッションとすることが多くなってくるだろう。単なるシステムづくりではなく、DX(デジタルトランスフォーメーション)を実現するための技術者としてこれからの時代を生き抜く、そのように頭を切り替えることが必須かもしれない。

 そうしたとき、この判決が求めるような、ユーザーの目的を理解し、それを達成する業務の姿をイメージした上で要件を定義していく高度なスキルは、私にとっても読者の皆さんにとっても、とても重要な武器になるだろう。

細川義洋

細川義洋

政府CIO補佐官。ITプロセスコンサルタント。元・東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員

NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。

独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまで関わったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。

2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わる

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