取った資格は俺のもの、もらったお金も俺のもの「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(98)(1/3 ページ)

会社から資格取得支援金をもらって、CCNPとOracle Masterを取得したエンジニア。退職時に支援金の返却を求められたが、応じるべきなのだろうか――。

» 2022年05月09日 05時00分 公開
「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

連載目次

 皆さんの会社では、従業員の資格取得をどのように奨励しているだろうか。

 IT企業の場合は、情報処理技術者試験をはじめとしたさまざまなIT技術の資格取得が熱心に推奨されているのではないだろうか。資格を業績評価や昇進の条件にしたり、社内外の研修を無償で受けさせたり、資格取得を果たした場合に一時的な報奨金を払ったりする企業も多いだろう。社員の資格取得は企業の業績にも資することが多いため、企業もかなり熱心に支援している印象がある。

 従業員にとっても、自身の能力や労働市場における価値向上につながるため、資格の取得はメリットのある話だ。

 ただし、資格取得支援制度も、その内容と適用状況によっては紛争の元になってしまう。今回はそんな事例を見ていただきたい。企業の援助を受けて資格を取得した従業員の退職を巡る問題だ。

「退職するなら金返せ!」という会社の言い分は妥当か

横浜地方裁判所 平成29年8月8日判決より

あるIT企業(以下「原告企業」という)では社員の資格取得奨励のため、約20種類程のIT資格について、これを受験しようとする従業員のうち、申請した者に資格取得支援金を支給する制度を設けていた。ただし、この支援金を受けた従業員が支給後5年以内に退職をする場合は、受給した金額を企業に返還することも定められていた。

ある従業員(以下「被告従業員」という)は、この支援を受けた上で、CCNPおよびOracle Masterの資格を取得したが、被告従業員は受給後3年余りで退職した。そこで原告企業は制度に基づいて支援金約35万円の返還を求めたが、被告従業員は、こうした契約が労働基準法第16条に違反し無効であるとして返還を拒んだため、原告企業が被告従業員を訴えることとなった。

 判決文にある労働基準法第16条とは以下のものである。

(賠償予定の禁止)

第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

 資格取得支援金の返還は、「違約金」や「損害賠償金」に当たるのだろうか。

 条文だけを見るとどちらとも判断し難いが、立法の趣旨について本判決でなされている説明を見ると、「違約金などによって労働者の退職や転職を制限するような契約を防止するため」とあり、確かにこの事件については第16条に抵触するか否かが問題となる。

 さて、「資格を取らせるから会社を辞めるな」という契約は妥当なものなのだろうか。

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