確かに、せっかく費用を援助して資格を取らせたにもかかわらず、従業員がすぐに退職してしまうのは、企業にとって単なる損失になってしまう。従業員は契約条件に納得すればこそ入社しているはずだ、という言い分は正論にも思える。
ただ、そもそも契約を結ぶ段において、企業と従業員の間に圧倒的な交渉力の差があり、従業員は事実上、反論の余地なく雇用契約書や労働契約書などにサインせざるを得なかったであろうことはうかがい知れる。第16条の趣旨と考え併せても、この契約は本当に有効なのだろうか。
さらにいえば、「義理と人情」という若干法律論らしくない問題もある。そんなものが判決に影響するのかと思う方もいるかもしれないが、例えば民法には「信義則違反」のように人の感情に根差したような規定もあり、裁判所は感情について考慮に入れることもある。
さて、裁判所はどのように判断したのだろうか。会社に支援金をもらって資格取得をした従業員は、一定期間会社に縛られなければならないのだろうか。
判決の続きを見てみよう。
労働基準法16条は、当事者間に交渉力格差のある労働契約関係において、契約期間の中途で労働者が退職した場合につき多額の違約金が定められ、その結果、労働者の拘束・足止めをもたらすことを防止するため、使用者が労働契約の不履行について違約金を定めることを禁止したものであるから、本件資格取得支援金の返還合意である本件返還合意が労働基準法16条に違反するかについては、諸要素を考慮し、当該合意が労働者の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものであれば労働基準法16条に違反すると解するのが相当である。
(中略)
報奨金を支給する一方で、その労働者に対して、一定の期間の雇用継続を義務付け、それに反した場合にはその報奨として支給した金員と同額の金員の返還を約束させる場合には、その約束が報奨金支給と同時に合意するものであったとしても、基本的にはその合意は、違約金を定めるものと評価できるから、労働基準法16条に違反すると解するのが相当である。従って、本件返還合意は、労働基準法16条に違反すると解すべきである。
裁判所は、資格取得のために支払った支援金を一定期間以内に退職する場合に返還させる制度を労働基準法16条に違反すると考え、原告企業の訴えを退けた。
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