阿部川 プログラミングはいつから勉強されたのですか?
ティダーさん 中学校や高校では、プログラミングは勉強していないですね。IT業界に興味を持ったのは、大学の後半です。大学でもプログラミングの授業はなくて、卒業後にスクールに通って学びました。
阿部川 IT業界をいいなと思ったのは、何かきっかけがあるんですか。
ティダーさん 大学3、4年生になると、キャリアを考えないといけません。それがきっかけですね。キャリアを考えたときに、システムを作る人はかっこいいなって思ったんです。それで、職業としてやっていこうと決めました。実際にやってみると、自分が作ったものをすぐ目の前で見られるし、それを世界の人が使うと思うとモチベーションが上がりました。おかげで今でも仕事を辞めずに進められています。
阿部川 初めて来日されたのは、大学の3年生のときですね。
ティダーさん はい、そうです。「JENESYS」という、日本政府が推進しているプログラムで、10日間の短期留学をしました。国際交流と海外の若者たちに見本を見せてもらうという目的で実施されたプログラムです。いろいろな国から大勢の学生が日本に来て、発表したり日本の大学生とコミュニケーションしたりする機会がたくさんありました。
東京と愛媛でホームステイして、日本の日常生活や習慣なども学びました。10日間という短い期間でしたが、ミャンマーとは違う日本の景色や文化に触れて「日本にもう一度来たいな、ここでちょっと仕事をしてみたいな」という気持ちを持って帰りました。
阿部川 「旅行に行きたい」ではなく「ここで仕事がしたい」と。良い体験をされたのですね。愛媛で印象に残っていることはありますか。
ティダーさん 日本のビルって大体同じ色じゃないですか。ミャンマーだと、いろんな色があって、結構派手な色にしている建物もあるんですけど。あと、工場から出ている煙が黒じゃなくて白いこととか、そういうところが印象に残っています。
阿部川 短期留学で日本に来て、「日本で働いてもいいかも」という気持ちとともにミャンマーに戻りました。大学4年生になると就職活動が始まりますね。
ティダーさん そうですね、日本や中国などアジア圏の企業が大学を訪れる機会があったので、そこで就職面接をしました。私は大学が終わる前に日本の企業から内定をもらいました。
阿部川 ミャンマーで就職することは考えなかったのですか。
ティダーさん 全然。でも大学3年生までは、普通にミャンマーで就職すると思っていました。外国に行くとか全然考えていなかったのです。それが日本に留学して、こっちで働いてみたい、住んでみたいと思うようになって。それで「まずは企業の面接を受けてみようか」くらいの気持ちでした。
阿部川 軽くお話しされていますが、もちろん皆が内定をもらえたわけではないですよね。
ティダーさん はい、内定が取れなかった人もいっぱいいました。
阿部川 1回で合格されたんですね。一つ一つ確実に人生を開いているという印象です。自分で自分の人生を変えているのがよく分かります。素晴らしいですね。行った先で何かを学び、どんどん変わってらっしゃるじゃないですか。それがなかったら、今ここで、日本語で、訳の分からないおっちゃんとしゃべるなんて、なかったんですよね(笑)。
ティダーさん (笑)。確かにメディアの人と話すのはこれが初めてです。
阿部川 英語ではなく日本語を選び、ちょっと行ってみようかと10日間日本に行って、ちょっと受けてみようかって入社試験受けて受かって。このインタビューが終わって、また何かちょっとやってみようと思ったら、ぜひ実行してくださいね。何かがまた変わるかもしれません。
大学入試で医者への道が遠のいたが、それがきっかけで日本語を学び、短期留学を通じて日本の良さを実感したティダーさん。ミャンマーの派手な色とは違う日本での景色は、ティダーさんにとっては極彩色の輝きを放っていたに違いない。後編は日本での仕事と将来の夢について。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.