ありもしない正解を探すから悩むんだよ。
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若い人たちは悩むもの。自分が何をしたいのか分からない、このままでいいのだろうか、そんな悩みにとらわれてしまいがちです。
私も若いころはよく悩んだことを覚えています。先々のことに悩んでしまう気持ちはよく分かります。しかし、悩むことはかえって将来への道を閉ざしてしまうことになりかねません。
Aさんは、有名大学を卒業し、大手ITベンダーのディープラーニングを使ったAI開発部門に所属している20代のエンジニアです。彼はこんな悩みを抱えていました。
このままAIをやっていてもいいのだろうか? いまはAI技術がはやっているけれど、実は一過性のブームに過ぎず、将来の安定がないのではないだろうか?
これを聞いたのは4、5年前の話です。その後AI技術がどうなったのかは皆さんがご存じの通りです。彼の心配は杞憂(きゆう)であったわけで、実際にはAIはさらなる発展を続けています。
こういう話をすると、「確かにAIは発展したけれど、私が関わっている分野は違うんだ」という声が聞こえてきそうです。実際、発展しない分野もあるでしょう。AI技術も過去にも2回ブームがありましたが、そのときは実を結びませんでした。しかし、「将来、〇〇分野の仕事がなくなる」というのは、ずっと繰り返されているゴシップのネタですから、気にしないに越したことはありません。
ITは特に流行の移り変わりが早い業界なので、エンジニアたちは他の分野の人よりもはやり廃りに敏感なのかもしれません。
技術のはやり廃りに流されない方法もあります。それは、なるべく基礎的な技術をしっかりと身に付けることです。基本的な技術は、はやり廃りの影響を受けません。AIの例でいえば、データベースや統計、数学などがそれに当たります。プロジェクトマネジメント技術などもこのカテゴリーに入るでしょう。
Aさんははたから見ると、明らかに正解の人生を送っています。正解の大学に進み、正解の企業へ内定し、正解の部署に入りました。しかし、それでも悩んでしまう。それは、もはや存在しない正解を探してしまうからではないでしょうか。
社会に入ってみると、これまでのような与えられた正解は誰も示してくれません。どの大学や企業が「アタリ」なのかは、偏差値や企業価値が示してくれます。しかし、自分の人生について、正解を示してくれる人は、自分の他には誰もいません。
むしろ必要なのは、自分が選んだ選択肢を正解に変えていくよう努力することです。正解は始めから存在しません。むしろ作っていくものなのです。
Z世代と呼ばれる若者たちが悩みやすい状況にあるのは、時代背景からも感じられるところです。私はいわゆるロスト・ジェネレーションの終わりごろの生まれで、それはそれで不遇の世代です。しかしこの時代にはまだ、バブルの残滓(ざんし)がありました。まだまだ「努力して成功する」というストーリーが残っていました。
一方で、Z世代たちが見ている大人は、われわれロスト・ジェネレーションです。彼らは生まれてからこれまで、景気が良かった時代を経験していません。そのため、大人たちが生き生きと働いているように見えない。「ああはなりたくない」と思うのも無理からぬことと思います。若者たちは「努力の先に成功がある」という神話をもう信じることができないのでしょう。
「自分が何者なのか」は、心理学的に有名な青年期の課題です。これを「自己アイデンティティーの確立」と呼びます。彼らがうまくアイデンティティーを確立できないのは、彼ら自身のせいではないのではないか、と私は思います。
アイデンティティーをうまく確立できないことを「アイデンティティーの拡散」と呼びます。現代の若者たちは、私が若いころにも増して、アイデンティティーの確立が難しい状況に置かれているのでしょう。その責任の一端は、若者たちに良いロールモデルを示せていないわれわれの世代にあります。
Aさんの同僚に、圧倒的に成長を遂げていったBさんがいます。Bさんは悩む時間があったら行動します。本や論文を読み、実装し、記事を書きます。人間の能力というものは積み重ねの差で決まるもので、毎日の少しずつの差がAさんとBさんの成果に大きな差を生んだのです。
悩まないための一番いい方法は、そもそも「悩まない」ことです。考えていることと悩んでいることは、似ていて違うものです。もし、同じことをずっと考えていて進展がないなら、それは考えているのではなく、悩んでいるのです。自分が悩んでいると気付いたら、そこで考えるのをやめることをお勧めします。
「前後裁断」という言葉があります。過去を引きずらず、未来を悩まない、というような意味です。悩まずにいまできることに打ち込めば、道は開けていくものです。
Convergence Lab. 代表取締役CEO
豊橋技術科学大学大学院博士後期課程単位取得後退学。博士(工学)。AIスタートアップや大手ITベンダーを経て、2020年5月より現職。大手ITベンダーのAI導入支援や、AIスタートアップのプロダクト開発支援に携わる。
AI、ディープラーニングに関する国内、国際学術会議の論文多数掲載(Google Scholar)。博士(工学)。ATR-trek、富士通を経て、現在はConvergence Lab.の代表として多数のAI案件を手掛ける。著書:『現場で使える!Python深層学習入門』(翔泳社)
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