さて、ここまで書いてきて恐縮なのだが、今回私が取り上げたい論点は「元請け企業と下請け企業のどちらに責任があったのか」ではない。
それよりも、こうした問題を避けるために――少なくとも、こうしたリスクを減じるためにできることはなかったのかということだ。裁判の結果は主要な問題ではなく、裁判の結果がどうあれ、対応策は変わらない。とはいえ、IT訴訟解説記事で結果を話さないのも無責任なので、判決のポイントを述べておく。
(顧客企業からの契約解除の要請については元請け企業の働き掛けにより、これを回避する)合意がされたと認められ、元請け企業が(下請け企業が撤退した後の)業務委託料を得ることができなかったのは、下請け企業が(中略)業務を遂行しなかったことによるものであり、何ら元請け企業に過失があるとは認められない。
裁判所は、元請け企業からの契約解除通知はなく下請け企業が一方的に撤退したことに原因があるとした。
裁判の結果としては意外なものではない。元はといえば、原告企業からの発注に対して被告企業が技術的に見合わないメンバーを送り込んだことが顧客企業からのクレームにつながったのであり、元請けや裁判所の言う通り、元請け企業には何ら過失があったとは思えない。
この事件は下請け企業の無責任なメンバー選定に原因があるように思われる。彼らがスキルアンマッチなメンバーを送り込んだために、顧客企業も元請け企業も、そしてAも皆不幸になってしまった。
営利企業である以上、受注や売り上げが欲しいのは分かるし、そのためにメンバー選定の目が曇ってしまうこともあるだろう。しかしそのために失った金銭と信頼という代償は大きい。
個人的な意見だが、この下請け企業は受注に当たり、1つの提案ができたように思う。不幸にしてメンバーのスキルが業務を遂行するのに足りないと分かったときには、スキル育成計画を提示するというものだ。メンバーのスキルをしっかりとアセスメントし、すぐには無理でも一定期間必要な研修やOJT(On the Job Training)などを経ることで業務可能なのであれば、その計画を顧客企業に示して了承してもらうという手もある。
無論「そんな余裕はない」と断られることもあるだろうが、IT人材は不足しているし、そもそも新規メンバーというものは顧客の業務を覚えたり、作業環境に慣れたりするまでに一定の期間を要するものである。そうした場合には技術的な習熟もそれに合わせて実施できるかもしれない。
都合の良い話に思えるかもしれないが、これは私の経験の中で幾つも実績のある方法である。不幸にして「そんな余裕はない」と断られても、本件のように損害賠償と信頼の失墜という、経営に影を落としかねない不幸には見舞われずに済む。
こうしたことは、下請け企業だけではなく、元請け企業、顧客企業、そしてA本人からも提案はできる。読者がどのような立場におられるかは分からないが、どの立場であれ、初めての仕事を受ける場合にはそうした提案をされるべきではないだろうか。
ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった
個人サイト:CNI IT Advisory LLC
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