アルジュン氏の視線は、開発現場の劇的な変化にも向けられている。かつて彼が13歳で必死に学んだ「コーディング」という技術そのものの価値が、いままさに塗り替えられようとしているのだ。
「それはいま既に起こっていて、現在サンフランシスコで雇われるエンジニアにコーディング技術は不要です。コードジェネレーターAIを渡してくれます。アプリの全てをエンジニアが作る必要はありません。1時間もあればアプリケーションが作れます」
人間が1行ずつコードを書く時代から、AIが生成したコードをレビューし、システム全体を俯瞰(ふかん)する時代へ。これに伴い、エンジニアに求められる資質も変化している。彼がかつてAIを「ペンキが乾くのを待つようなもの」と評したのは、中身を理解せずにハックする風潮を危惧してのことだったが、今のAI時代においては、その「中身を見抜く力」こそが重要になる。
「いまはAIコード生成が主流ですが、まだまだ完璧ではありませんから人によるレビューが必要です」
インタビューの最後、アルジュン氏は次世代を担う日本のエンジニアたちに向け、愛ある叱咤(しった)激励を送った。
「1つ目は、必ず海外、特に米国か中国に出て、数年は働いてほしいです。新しい経験をすることや新しい文化に触れるというのも当然ですが、そこには最先端の技術があります。2つ目は、英語を身に付けることです。英語は『権力の言語』であり、研究論文も英語で書かれています。最新情報にアクセスするためには不可欠です」
さらに、日本のIT基盤のもろさへも警鐘を鳴らす。
「クラウドはITの核となる技術ですが、日本には国産のクラウドシステム企業がまだあまりありません。日本の若者には、他国の技術に依存しないための国内クラウドシステムの構築に目を向けてほしいです」
「エンジニアとして日本にずっと住み続けたい」。そうほほ笑むアルジュン氏は、「移民」としての放浪を終えようとしている。
「エンジニアとして日本にずっと住み続けたい。永住権を取り、家を買い、言葉を学び、ゆくゆくは起業できればと考えています」
ドバイの孤独、インドの競争、米国の不条理、シンガポールの無機質さを経て、ようやく「人間の幸福感」を大切にする日本の地へ。彼のような鋭い視座と、世界水準の技術、そして日本への深い愛着を持つエンジニアがこの国で挑戦を続けること。それこそが、日本が再び世界のテクノロジーの主役に躍り出るための、大きな力となるに違いない。
身分制度が残るインドでは、大学に進学できることはある意味特権であり、その上で進学できる人はダブルやトリプルのディグリー(学位)や、マスター(修士、大学院)まで進み、グローバルで通用する超エリートとなる。
だが、その能力をどこで生かし、キャリアをどう積んでいくかとなると、残念ながら国内にその機会はなく、米国や欧州などのいわゆる先進国が就職先となる。ご承知のように現在名だたるIT企業のトップはインド出身者だ。
「私は常に移民であった」とアルジュンさんがおっしゃったとき、寂しい気持ちになってしまうのは私だけではないだろう。
現在全ての分野をAIが席巻している。安全性や経済性を極めれば自動運転が最適解かもしれないが、ドライブする楽しさや、人とマシンが共存する豊かさをどう考えるか。全く新しい時代をどう楽しく作り出していくか。答えはまだないが、私たちはそれぞれの立場で、日々自分に問い続けなければならない。
アイティメディア 事業開発局 グローバルビジネス戦略担当、情報経営イノベーション専門職大学(iU)学部長、教授、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)特任教授、インタビュアー、作家、翻訳家
コンサルタントを経て、AppleやDisneyなどでマーケティングの要職を歴任。大学在学時から通訳、翻訳も行い、CNNニュースキャスターを2年間務めた。現在、iU情報経営イノベーション専門職大学の学部長、教授も兼務し、多くの企業とプロジェクトを推進。元神戸大学経営学部非常勤講師、元立教大学大学院MBAコース非常勤講師。ビジネスや起業のコンサルティング、英語やコミュニケーション、プレゼンテーションのトレーナーの他、作家、翻訳家としても活躍中。
センサーしかり、ナビしかり、いままでのモビリティの進化は、ドライバーの運転を支援するものだった。だが、今度の進化は違う。いまアルジュンたちが取り組んでいるのは、ドライバーの存在を消滅させかねないものなのだ。取材した日は、ザワザワとして眠れなかった。
だが原稿を書いていくうちに、自動運転技術は、人材不足や高齢化対策、危険な仕事からの人間の解放、さらにはエネルギー対策などのメリットも大きいと理解した。AIの進化で、さまざまな業界や職種にパラダイムシフトが起こりつつある、いや、いままさに進行している。それとひたと感じるインタビューだった。
ちなみに、アルジュンとは昨年、渋谷のバーで出会った(ありていに言えば、ナンパした)。出張でインドに行くことになったので、現地の慣習やおすすめの食べ物などを聞いておこうと思ったのだ。
話の流れで彼がエンジニアであり、自動運転の開発に携わっていると聞き、取材させてほしいと申し込んだ次第である。ナンパしたときは、まさかこれほどまでに壮大な「移動の哲学」を聞けるとは想像もしていなかった。街には出てみるものである、気になる人には声を掛けてみるものである。
なお、本連載では、アルジュン以外にもバーなどで声を掛けた(ナンパした)エンジニアが複数人登場している。「どの人かな?」と推察しながら、バックナンバーも読み返してほしい
「Go Global!」では、GO阿部川と対談してくださるエンジニアを募集しています。国境を越えて活躍する外国籍のエンジニア(35歳まで)、グローバル企業のCTO(最高技術責任者)など、ぜひご一報ください。取材の確約は致しかねますが、インタビュー候補として検討させていただきます。取材はオンライン、英語もしくは日本語で行います。
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