不正競争防止法2条6項の「秘密として管理されている」とは、情報の種類、性質、管理の方法・態様、情報を保有する事業者と情報にアクセスした者との具体的な関係などの諸般の事情に照らし、客観的に見て、情報にアクセスした者において当該情報が秘密情報であることを認識し得る程度に管理されていることを要するものと解される。
(中略)
本件名刺情報にはパスワードなどのアクセス制限は設定されておらず、原告の営業担当者であれば誰でも閲覧することができたことについては、当事者間に争いがない。
(中略)
これに自由にアクセスし、営業に使用することのできた原告の従業員などが本件名刺情報を営業秘密と認識していたとは考え難い。
(中略)
本件在庫情報が一定の有用性や非公知性を有するとしても、同情報には何らのアクセス制限も設定されていないことに照らすと、原告の従業員などが同情報を営業秘密と認識していたとは考え難い。
(中略)
原告の就業規則などには秘密保持義務の対象となる情報がいかなるものであるかについて具体的に記載されておらず、同就業規則などに接した原告の従業員などが、本件名刺情報が原告の営業秘密であると認識し得たとも認められない。
裁判所はこのように述べて、原告企業の請求4000万円を全て棄却した。
個人的には「かなり予想と違った」というのが正直なところだ。
ただ確かに、情報が営業秘密として認められるためには、しかるべき管理下に置くことは必要であり、かつ、それが周知徹底されていなければならない、という論は一定の妥当性はある。
PCを開けば見られる情報であれば、公開されているものであると認識され、持ち出しても問題ないと思われることもあるだろう。顧客情報や在庫情報は、常識的に考えれば制約されるべきものであるとの考えもあろうが、それは主観の問題であり、明確な線引きにはならない。客観的に見て「誰もが」「これは持ち出しのできない情報である」と認識できる事実が必要であり、本件は、その旨の周知徹底不足だったということだろう。
情報は、しかるべき場所に格納して、アクセス制限や暗号化、ログの取得などを必要に応じて行って管理されるべきだが、これをアクセス可能な人間にしっかりと周知することも併せて求められるということだ。
私が働いている政府でも、やりとりされる書面やメールなどの電子文書に、必ず機密性が記されている。「機密性1なら、公開しても構わない」「機密性2なら、公開が制限され」「機密性3なら〜」……という具合だ。機密性の定義については、毎年研修で職員に徹底される(政府の場合は「営業」秘密ではないが)。
この程度であれば、民間企業でも実施できる。実施している企業も多数あろう。本件における名刺情報、在庫情報についても、それらができていたなら結果は逆だったかもしれない。
加えて言うなら、本裁判では、「就業規則の秘密保持条項も、これらの情報が営業秘密であることの根拠にはならない」と判断された。従業員であれば企業の秘密は守らなければならない。しかし、その秘密が何であるのかを特定できなければ、こうした条項も空文になってしまうということだ。
情報は有体物とは異なり、それを守るための施策を積極的に行い、周知しなければ守ってもらえない。ある意味、デフォルト的には公開され、誰にでも取得され得る性質のものであるという認識を持っておくことは、より安全なシステムのセキュリティ要件や運用設計、業務設計、各種規則やガイド作成の際に有用ではないだろうか。
ITプロセスコンサルタント。元・政府CIO補佐官、東京地方裁判所民事調停委員・IT専門委員、東京高等裁判所IT専門委員
NECソフト(現NECソリューションイノベータ)にて金融機関の勘定系システム開発など多くのITプロジェクトに携わる。その後、日本アイ・ビー・エムにて、システム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーと発注者企業に対するプロセス改善とプロジェクトマネジメントのコンサルティング業務を担当。
独立後は、プロセス改善やIT紛争の防止に向けたコンサルティングを行う一方、ITトラブルが法的紛争となった事件の和解調停や裁判の補助を担当する。これまでかかわったプロジェクトは70以上。調停委員時代、トラブルを裁判に発展させず解決に導いた確率は9割を超える。システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」。
2016年より政府CIO補佐官に抜てきされ、政府系機関システムのアドバイザー業務に携わった
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