AI駆動開発の普及で「人月モデル」の前提が崩れ始めた。ULSコンサルティング漆原茂氏は、開発が労働集約型から知識集約型へ移ると説き、「AIで若手は不要」という風潮を危険な誤解と一蹴。AI時代に人とチームを育て続ける企業こそが競争力を持つと訴える。
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AI駆動開発ツールの急速な普及により、大規模システム開発を支えてきた「人月モデル」の前提が揺らぎ始めている。この変化は、ソフトウェア産業の構造にどのような影響をもたらすか。AI時代の人材育成と、これからのシステム開発はどうなるのか。2026年7月に開催された「AI駆動開発カンファレンス 2026夏」で、ULSコンサルティング取締役会長 漆原 茂氏が今後の展望を語った。
従来の大規模システム開発は、大量の人員を投入する労働集約型のビジネスになりがちだった。画面数や機能のボリュームから作業量を推定し、必要な人員や期間、単価を掛け合わせて算出する、いわゆる人月モデルに基づいて見積もりが行われる。さらに、開発規模が大きくなるほど分業と専門化が進み、重層的なピラミッド型の管理体制が敷かれるのが一般的だった。
漆原氏によれば、こうした人月モデルには、受注側と発注側の間に利害の対立関係が潜んでいるという。
受注側は、案件が長期化するほど売り上げが伸びる。一方、発注側は、開発期間を短縮し、単価も抑えたいと考える。受注側にとっては、業務をブラックボックス化した方が都合が良い一方で、発注側も責任を負うことを避け、開発を丸投げしがちになる。その結果、投入した工数そのものが価値の基準となり、生産性を高めようとするインセンティブが働きにくい構造が生まれてしまう。
ところがAI駆動開発の到来は、この人月モデルを崩壊に導こうとしている。
従来の人月モデルによる見積もりでは、どのベンダーに依頼しても、おおむね似通った内容が出てきた。しかし、AI駆動開発では、人手が必要だった工程をAIエージェントが支援することで、少人数でも高い生産性を実現できる。ただし、AIを使いこなせる企業と、そうでない企業との生産性の差は広がる一方だ。その結果、依頼先によって見積もりに大きな開きが生じつつある。開発体制も、価格の決まり方も、根本的に変わりつつあるのだ。
もっとも、業界全体が一斉に新しいやり方に移行できるわけではない。現時点では、AIの活用度合いには個人差があり、それが生産性のばらつきにもつながっている。AIを前提とした新たな開発モデルが定着するまでには、数年を要するだろう。それでも、進むべき方向は明確だと、漆原氏は主張する。
「新しいやり方が浸透するほど、ソフトウェア開発は労働集約型から知識集約型に移行していく。大量の人員を抱えた組織よりも、少人数でも業務を理解し、知見を蓄積し、安心して任せられるチームが選ばれるようになるだろう」
AIが定型作業を担うことで、人間は、課題設定やアーキテクチャの決定、チーム作り、品質保証といった本質的な問いに集中できるようになる。その結果、顧客との関係性は、従来の受発注を前提とした緊張関係から、長期的な信頼に基づく健全な関係へと変化するだろう。漆原氏は、その先には、外部パートナーも含めた社内外のメンバーが一つのチームとなって同じゴールを目指す、内製開発のスタイルが広がると予測する。そうした環境では、これまで以上に、エンジニアの人間力やチームワークが問われることになるという。
「エンジニアはより創造的で、顧客のビジネスに向き合い、チームに欠かせない存在として価値が大きく高まっていく」
そこで重要になるのが、ナレッジの蓄積と継承だ。AIツールを使いこなすためのノウハウは広く共有されつつあるが、それは本質的な知識ではない。アーキテクチャ設計の知見や、ドメイン知識に基づくデータ理解、さらにビジネスの在り方を踏まえた意思決定のノウハウにこそ、真の価値がある。
しかし現在のチームが永遠に同じ形で続くわけではない。だからこそ、蓄積したナレッジを若手にどのように伝えていくかが重要になる。
ここで漆原氏は、AIの普及がエンジニアの雇用に与える影響について言及した。
AIの普及に伴い、「外資企業はAIでエンジニアを大量削減した」「AIによって新卒採用が減少した」といった報道も見られるようになった。
しかし漆原氏は、その実態を冷静に分析する。2023年には海外の大手企業が相次いで人員削減を進めたが、その背景には、コロナ禍での過剰採用の反動や肥大化した管理部門の見直し、米国の税制変更など、複数の要因があったという。特に、ソフトウェア開発費を即時に全額損金算入できた従来の税制上の扱いが変更され、税負担が前倒しで発生するようになったことも、人員削減を後押ししたと説明する。
その後、2025年に税制上の扱いが再び見直されると、採用にも回復の動きが見られるようになった。エンジニアがAIによって不要になったのではない。むしろ、多くの企業がエンジニアを必要としているのが実情だ。
ただし、米国で若手エンジニアの採用が狭き門になっているのは事実だ。漆原氏は、若手を不要と判断するのは、AIによって代替可能な作業を若手に担わせてきたからだと指摘し、新卒採用を安易に削減しようとする風潮を厳しく批判する。
「AIを理由に若手の雇用を抑えている会社は、近い将来大きく悔やむことになるだろう。若い人材を丁寧に育てることこそ日本企業の強みであり、短期的な資本の論理だけで判断してはならない」(漆原氏)
現在、第一線で活躍するエンジニアは、最初から熟練者だったのではない。エンジニアに憧れ、十分なスキルがない段階でも最初の一歩を踏み出そうとする若者たちがいる。そうした若者がチャンスを失ってはならないと、漆原氏は訴える。
大手企業も若手育成の取り組みを続けている。NVIDIAは若手を将来のリーダーと位置付け、Microsoftは実務と教育を組み合わせたキャリアプログラム「Leap」を、LinkedInは技術の見習い制度「REACH」を展開している。GitHubもジュニアの成長にはチームとメンターが必要だとしている。そして漆原氏は、ULSコンサルティングも新卒採用をやめるつもりは一切ないと宣言した。
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