絶えず納期に追われている忙しいITエンジニアにとって、立ち止まって自分の将来を考える時間や余裕はあまりないかもしれない。だが、将来の見通しが立っていると、目標に向けて努力する手助けや、将来への不安を払拭するお守りにもなる。本連載では、個人が自分のキャリアを構築する方法をお届けする。ITエンジニアが幸せに働き続けるための手引きとなればと思う。
終身雇用・年功序列の人事制度が破たんして以来、キャリア構築の主体が「企業(の辞令)」から「個人(の決断)」へ移った。個人は自分の価値を社内だけでなく社外でも考えなければならなくなった。「自分は何ができて、何をしていきたいのか」。キャリアデザインのスキルはもはや専門家だけに求められるものではないはずだ。
キャリアデザインを考える大前提は、「キャリア」という言葉をどうとらえるかだ。特定非営利活動法人 キャリアカウンセリング協会 関口みゆき氏は、「キャリアとキャリアビジョンを考える」で、キャリアは職歴や経歴だけを指す言葉ではなく「個人の生き方そのもの」を指す言葉だと説明している。
「自分は何がやりたいのか」「それはどうしてか」「人生をどういうものにしたいのか」と、自分の人生を自分が望むように自ら描いていくこと、その夢や目標の「形」こそ、自分のキャリアの未来像・キャリアビジョンであると、関口氏は述べている。
こうしたキャリアビジョンを持つことにどんな意味があり、何が変わるのか。関口氏は次のように説明している。
自分の人生においてのテーマやビジョンを意識して日常を送ることによって、まず情報に対する視点が変わってきます。はんらんする情報の中の自分のキーワードが目に付くようになってきます。またネット情報などからも、自らのキャリア戦略に対しての必要な情報は得やすいものとなるでしょう。刻一刻と変わる“情報”や“事実”に定期的に触れることによって、例えば転職に当たって必要とされるスキルや知識の具体的な要件やレベルなども見えてきたり、自分の今の弱みや、今後身に付けたいものなども分かってくれば、その準備もできるというものです(「キャリアとキャリアビジョンを考える」)
キャリアデザインの方法を紹介する本連載。第1回は「自己理解」を取り扱う。
キャリアデザインの最も基本的な行為は自己理解だといわれる。自分のことが分からなければ、就く仕事ともミスマッチが生じるからだ。
米国の「キャリア・アンカー」(米国の組織心理学者エドガー・H・シャイン(Edgar H. Schein)によって提唱された概念)には、個人がキャリアについて考える際に、次の3つのイメージを明確に意識することが重要だと述べられている(辻俊彦氏「そもそもキャリアとは何だろうか?」)。
上記は、「自分の才能」「動機付け」「価値観」という3つのイメージに分類できる。これらを認識していれば、どんなに環境が変わっても、揺るぎのないスタンスを確保することが可能になる。特に、必要とされるスキルの変化が激しいIT業界では、ずっと仕事を続けていくために重要なコンセプトだといえる(辻氏)。
自己理解をするために、自分の情報を整理するという手段がある。しかし、過去から現在までの自分を振り返る「自分探し」は思いのほか気力・体力のいる行為だ。楽しい過去だけを振り返るわけでなく、また、ばらばらになった自分の記憶をまとめるのは正直しんどい。そこで、関口氏が考案したのが、過去の経験を効率よく整理できる「経験棚卸しシート」である。
関口氏はこのシートを何枚も書くことを勧めている。量を吐き出すことで、共通して見えてくるものがあるのだという。自分は何にこだわって何を基準に物事を判断してきたかが言葉として明らかになる。これは紛れもない自分の価値観だ。
最後に1つ、自己の価値観に目覚めたITエンジニアの事例を紹介したい。「アイデンティティはオープンソースプログラマ」の筆者、かずひこ氏だ。
キャリアを考えることは、自分のアイデンティティを考えること。かずひこ氏は、自らのアイデンティティを「オープンソースプログラマ」と定め、オープンソースに自分の可能性を懸けてフランスへ渡ったITエンジニアだ。
かずひこ氏は自己理解を次のように行った。
かずひこ氏がキャリアを決断する決め手となったものは、「自分はいったい何者なのか」というアイデンティティ・クライシスだった。キャリアデザインの最初の入り口、それは「自分を知ること」のようだ。
自己理解で得た情報は、雇用される能力として役立てることができる。企業から求められる人材になるために、ほかにはない自分の強みを見つけよう。次回は雇用される能力、エンプロイアビリティを高める方法を紹介する。
参考資料
▼「キャリアデザイン」(社団法人 日本経営協会)
▼「キャリアデザイン発想法(生き方ルールブック)」(PROSEEK)
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