新卒採用がもたらす効用の3点目は、優秀な人材を多く採れる可能性が高い、という点である。
新卒者は一斉に社会に出るため、ダイヤモンドの原石を一度に選べる唯一のタイミングである。中途採用ですでにダイヤモンドとなった人材を採用すればよい、との考え方もあるが、これらの人材に出会える可能性、また出会えたとして、その人材が自社の文化になじめるかどうか、その人材を採用できるだけの条件提示ができるか、などを考えなければならない。
中途採用市場が成熟しているとはいえない日本において、大量の優秀な中途社員を採用するのはハードルが高く、新卒採用を中心とするというのは一定の合理性があるのである。
最後に、新卒採用は企業が社会とのかかわりを持つチャンスである、という視点を挙げる。
新卒者は若い世代であり、これからの時代の声といえる。そのため、先々の事業戦略や組織運営を考えるうえで、無視できない存在である。また、メディアでの新卒採用に関する注目度を考えると、独自性のある採用政策を効果的に発信することで、企業イメージの向上につなげることも可能だ。
企業が新卒を採用する理由は以上だが、新卒社員は企業や社会に対する十分な知識や経験を持ち合わせておらず、一人前に育てるのに多大なコストを投入しなければならない。これは新卒採用のデメリットといえる。
しかし、入社後しばらくはコストが掛かっても、将来においてより大きなリターンが期待できるという意味では、新卒採用は長期的な「投資」なのである。新卒採用者が期待どおりに育たず、成果を生まない場合があったとしても、それは企業の事業上の種々の投資を行う場合と何ら違いはない。
新卒採用投資は、即戦力を中途採用する場合と異なり、回収までの期間が長いことを忘れてはならない。途中で育成の手を抜くのは投資行動として合理的とはいえない。新卒採用をするという決定をしたのであれば、長期的な目線を持って投資対効果をいかに上げるかを考えることが重要になる。
最後に、今後の採用政策の行方について簡単に触れておこう。
第一に、新卒以外の採用ルートの活用が従来以上に増えることが予想される。将来の幹部人材は新卒から採りたい、などの考えは企業側に根強い。しかし、環境変化のスピードが速く、業務も複雑化している現代においては、高い専門性を要求する即戦力の中途採用人材が必要になるケースの増加は避けられない。
また、企業の終身雇用・年功序列が崩れれば崩れるほど、新卒にかかわらざるを得ない理由はなくなっていく。中途採用市場のさらなる整備により、優秀な人材を採用しやすくなる可能性もある。
新卒社員は自社の文化に染まりやすいと述べたが、これからはダイバーシティが重視され、グローバル化する企業環境の中では必ずしも同質化した人材を採用・育成することが望ましいといえなくなる。多様な考え方やバックグラウンドを持った人材を採用し、活用する動きは、今後も活発化していくに違いない。
第二に、各企業横並びではなく、事業特性や企業文化に合った採用政策が選択されるということである。人事制度や教育研修制度と同様に、人材採用にも各社の特徴がより色濃く出ることが想定される。それは新卒採用、中途採用、第二新卒採用のどれを重視しなければならないということではない。会社が違えば会社の色に合わせた人材採用が行われるということである。
今後も“新卒採用”がなくなることはないだろう。しかし、社会や企業の置かれている環境に合わせて、ほかの採用方法が存在感を増してくる可能性が高い。長期的な投資である新卒採用を主軸とした採用政策が、極めて個性的に映る時代が来るかもしれない。
多様化した社会の中で、さまざまな採用方式を視野に入れた人材構造を戦略的に描くことが各企業の重要な課題となっている。その中で働く社員にとっても、選択肢が多い分だけ、自分のキャリアをしっかり見つめることが求められるのである。
伊藤晃(いとうあきら)
日本能率協会コンサルティング 人材マネジメント事業部 事業部長。シニア・コンサルタント。企業独自のコア・バリューと直結した「知恵と活力を高める」人材マネジメント革新を目指している。また、“組織や制度を変えても人の意識・行動がプラスに変化しなければ革新ではない”という見方を重視し、革新活動を通じて前向きな組織学習体質を強化するためのコンサルティングを展開している。
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