経営やビジネスのことなど考えたくない、という技術者は少なくない。だが、中には「技術を愛するがゆえに、経営に参画する」技術者も存在する。技術系学生が起業家になる――その背景には、どんな思いが秘められているのか。
「この部屋、以前はピクシブがオフィスとして使っていたんですよ」
代々木の、とあるビルの1室で、若き社長は語る。いつかは自分の会社も、かつてこの部屋を使っていた偉大な「先達」に負けない会社にしたい、と。
特集「学生起業家たちの肖像」。最初に紹介するのは、バーティカルサーチエンジンを事業の柱とするベンチャー企業、フォリフの代表取締役 熊谷祐二氏だ。今年で4期目、社員は自身ともう1人。技術好きの学生は、いかにして起業するに至ったのか。その素顔に迫る。
1985年生まれの熊谷氏は、高校生のころ、楽天の三木谷浩史氏や元ライブドアの堀江貴文氏の活躍を見て育った。ITの世界で会社を興したいという気持ちは、このころから芽生えていたという。
大学2年生のころから、本格的に起業の道を意識し始めたという熊谷氏は、ドリコムでアルバイトとして働き始めた。ドリコムもまた、学生起業家が始めた会社だった。
「多くのIT企業がどんどん伸びていくのを見て、自分も勝負したいと強く思いました。マイクロソフトもヤフーもグーグルも、みんな若いうちにやりたいと思ったことをやって成功している。年齢は関係ない、やりたいと思ったときにやるべきなんだと考えました」
大学3年の夏には、もう起業する道しか見えていなかった。就職活動は、一切しなかった。
大学3年の終わりに熊谷氏はフォリフを設立した。当初は熊谷氏を含め学生3人で始めたという(1人は現在も学生アルバイトとして働いている)。自らが代表となって、営業から総務まで、開発以外のすべての仕事を引き受けた。
もともと技術が好きだった熊谷氏。ドリコムでもずっと開発をしていた。なぜ、代表として「開発以外」の仕事を引き受けたのか。
「僕自身は、スーパープログラマというわけではありませんから。それに、技術からスタートして、技術の分かる経営者になりたい、という思いがありました」
「経営」や「営業」と「技術」は対立しがちだ。技術からスタートした自分のような人間が経営にかかわることで、「経営」と「技術」の橋渡しができる人間になりたい――それが熊谷氏の考えだった。だから、自ら会社を興すのであれば、代表として仕事をするのは自然なことだったのだ。
設立当初から、自然言語処理を軸とした技術をビジネスの核にしようと考えていたが、決して楽な道のりではなかったと熊谷氏は振り返る。それなりにプログラミングスキルのある人間を集めたつもりだったが、本格的に自然言語処理の分野で戦うには力不足だったそうだ。そこで、熊谷氏は自然言語処理の分野で博士号を取得している人物を引き入れた。彼が現在の「もう1人の社員」である。
だが、それでも最初は苦労した。会社を回していくために、リソースの半分は受託開発に割いた。だが、営業の経験がまったくない上に、若さゆえに相手になめられてしまうことが少なくなかったという。
「でも、それは仕方ない。実績を作って、信頼を得るしかないんです。だから、最初は金額が安くても仕事を受けて、とにかく実績を作ることに専念しました」
2009年5月に資金調達を行ったことで、受託開発をやめ、自社サービスの開発に専念できるようになった。同年秋ごろから、自社サービスで黒字が出始めた。検索クローラーをBtoBで提供する事業が収益の柱だ。
今後は、大学の研究室に眠っているさまざまな技術をビジネスにつなげていくという活動をしていきたい、と熊谷氏は語る。
「技術をビジネスにつなげたい。生活を変えるのは科学技術。技術がルールを変える。それをビジネスにすることで、もっと人の生活に役立てたい」
昔は医者になりたかったという熊谷氏。「人の役に立ちたい」「人の笑顔が見たい」という気持ちが根っこにあるそうだ。「技術を人の生活に役立てたい」という思いは、そこから生まれている。
起業という道を選ぶとき、不安はなかったのだろうか。「もちろん、不安はあった」と熊谷氏は苦笑いしながら、「それでも、やりたいという気持ちは抑えられなかった」と続けた。
「これはいける、というビジネスモデルがあったわけではありません。でも、技術力はありましたから」
起業という選択肢を選んで、失うものはたった1つ。それは「新卒」という肩書きだ。まだまだ新卒至上主義が根強い日本企業。だが、それでも自分のやりたいことを優先させたかった、と熊谷氏は強調する。
「外部から認められたとき、起業して良かったと思いますね。単純に製品が売れた、というのもそうですし、貢献できたと思える瞬間もそうです。ライブドアにブログ解析の技術を提供したりとか」
逆に「資金繰りを考えるときはつらい。絶望する」という。開発以外の仕事はすべて引き受けているだけに、資金繰りを考えるのも自分1人。それでも、夢に向かって仕事をするのは楽しい。
「フォリフという会社名は、“for”と“if”をつなげた造語です。if、つまり『こうであったらいいな』という誰かの願望のために、という意味です」
現在のIT業界に対して、「エンジニアがもっと経営に携わっていいと思う」と熊谷氏は提言する。IT企業であっても、営業畑出身の経営層が多い。若いうちから、技術系の学生が経営に興味を持つことは重要だという。
「日本には技術畑の経営層、CTOが不足している。技術の観点から経営を考える人が必要」
技術系学生たちに対しても、熊谷氏は「いろんなことに挑戦してほしい」とアドバイスを送る。経験していないうちに「自分は技術一本で生きていくんだ」というふうに考えるのは良くない。さまざまなことを経験しておいた方がいいという。
「その上で、これだと決めたら、それを突き詰めてください。個人でも企業でも、自分の強みを持っているというのは強い。道が1つに定まったら、一点突破ですよ」
若き起業家の目に迷いはない。技術を愛するがゆえに、代表としての仕事に邁進する熊谷氏の挑戦は続く。
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