enchantMOONファーストルックドリキンが斬る!(1)(2/2 ページ)

» 2013年04月24日 14時21分 公開
[ドリキンサンフランシスコ在住ブロガー]
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手書き入力デバイスとして見るenchantMOON

 いよいよ、enchantMOONの最大の特徴でもある手書き入力について斬り込みたいと思います。

 enchantMOONにおけるshi3z氏の最大のこだわりは、「紙の手書きノートに書き込むのと同等の精度をペン入力タブレットで実現したかった」という点です。

 正直、事前に聞かされていたハードウェアスペックや、OSにAndroidを採用していることから、shi3z氏のこだわりを持ってしても、しょせん、紙の手書き入力には到底及ばないだろうなぁと予想していたのですが、この予想は実際にデバイスを使ってみることで裏切られました。

 その秘密は、手書き入力を行うためにshi3z氏が採用したAndroidの最適化手法にありました。

 実際に、shi3z氏が自身で図解してくれた手書きのメモをご紹介しましょう。

shi3zさんによる手書き図解□ shi3z氏自身によるenchantMOON手書き入力の最適化手法の解説図、左は通常の入力処理フロー、右側がenchantMOONが実装した最適化フロー

 一般的に、タッチパネルやペン入力における反応速度を最適化するためには、ペンによる入力が行われてから、それが実際に画面に出力するまでの時間を短縮する以外に方法はありません。

 通常人間の目は、一秒間に60回画面を更新すると、その動きが自然に見えると言われていて、動画や、ゲームなどでも60fps(frame per second)というのが、1つの最適化の指標になっています。

 一秒間に60回画面を更新するということは1秒/60回=約0.01666秒、すなわち毎回約16msec以内に、入力からの信号を受け取り画面を更新しないと自然な手書き入力が実現できない計算になります。

 shi3z氏の検証によれば、通常のAndroidデバイスで、入力から画面更新までのサイクルは200msec程度、どんなにこのサイクルをチューニングしても100msecが限界と判断したそうです。

 仮に100msecまでAndroidの描画速度を高速化できたとしても、これでは1秒間に10回程度しか画面を更新できず、60回の更新には程遠い結果になることが分かったそうです。

 実際に、AndroidやiOSのような高度な機能を持った汎用OSは、入力から実際に画面が更新されるまでには、デバイスドライバからOS、ミドルウェアなど、沢山のレイヤにおける処理が必要になるので、ここを常に16msec以内に収めようとするには、ソフトウェアの最適化だけでは難しく、ハードウェアにも相当なスペックが要求されます。

 仮に最新のCPUを搭載したデバイスを用意したとしても、現状のハードウェアスペックで、入力から出力まであらゆるレイヤにおける処理を最適化しても、すべての処理を16msecで完了させるのは不可能に近いと判断したshi3z氏は、最適化のアプローチの発想を変えたそうです。

 常に16ms以内に画面更新処理を終えるということ自体はあきらめ、ペンから入力した入力データを、OSなどは介さず、入力から一番近いデバイスドライバのレイヤで、いったん蓄え、システムが描画の準備ができ次第、データを取り出して表示する手法に切り替えたそうです。

 これが、enchantMOONの手書き入力の独特の感覚につながっているのですが、ペンで入力したときに、即座に画面に反映されずに、線などを引いてみると、手描きから一瞬だけ遅れて画面が表示されます。

 この遅れ自体も最小限になるように、最適化はされてはいますが、やっぱりこの表示の遅延に気付く人はいて、「やっぱりちょっと反応が遅れますねぇ」という意見を、enchantMOONを触ったほかの友人からも耳にしました。

 ただ、ここがenchantMOONの最大の特徴でもあり、ほかのタブレットデバイスと決定的に違うところだと思うのですが、表示は遅れてもデータは取りこぼしていないという点です。

 実際、shi3z氏に聞いてみたところ、入力データに関しては1秒間に60回どころか120回以上のサンプリングレートで取得しているそうです。

 また、ペンが取得できる入力データの解像度は815PPI(Pixel Per Inch)とのこと。これは、iPadやiPhoneなどが搭載するRetinaディスプレイの解像度と比べても2倍から3倍近い解像度であることを意味してます。

 つまり、液晶の解像度はiPad mini相当ながら、実際にペンから取得しているデータ自体は、Retina液晶の倍以上の精度があるということです。

 もちろん、厳密に手書き入力と同じ書き心地を実現したかといえば、それは違うのですが、従来のタブレットデバイスなどで見られる遅延とは違い、enchantMOONにおける遅延は描画だけに起きていて、実際にペンから入力されているデータは、きちんと取りこぼされることなく取得されているということが重要です。

 この差は、僕が落書きで書いた手書きメモからも見ることができます。

ドリキンによる手書きメモ その1 実際に筆者が行った手書きメモ その1

 このメモは、よくタブレット端末のタッチパネル精度を検証するのに使われる手法ですが、縦横に単純な格子状の線を引いてみると、精度の悪いデバイスでは、まっすぐな線を引くことができず、ひどい時にはギザギザの線になることすらあります。

 先に述べたように、手書き入力の精度は、主に「入力データの解像度と、サンプリングレート」で決まリます。

 iPadやiPhoneなどでは、できる限りサンプリングレートを上げたり、独自の入力データの補完技術を使って正確なタッチデータを実現していますが、もともとのAndroidデバイスはiPad/iPhoneに比べても精度が低いと言われています。

 しかしenchantMOONでは、独自の解決法を導入することで、こればっかりは触ってみないとなかなか伝えづらいところですが、従来のデバイスに比べて、かなり精度の高い手書き入力を実現しています。

ドリキンによる手書きメモ その2 実際に筆者が行った手書きメモ その2

 こちらも、僕が自分で手書きしたメモですが、一見、何の変哲もない落書きではあるのですが、よく見ると、細かい線や、点の入力が忠実に再現されています。

 このレベルの精度を備えたペン入力デバイスはほかに思い浮かばないです。

 表示の遅延に関しても、遅延は感じるけど思ったほどの違和感もなく、すぐに慣れそうです。もうちょっと使い込んでみないと最終的な判断はできませんが、実用には差し支えがないという印象でした。

 何よりも、この精度の手書き入力ができることの感動は、いままでタブレットデバイスでスタイラスなどを購入して手書きメモを試みた人なら共感できるレベルだと思います。

 個人的には、手書き入力に惹かれている人なら、手書き入力のためだけにenchantMOONを購入する価値はあると思いました。

そのほかの手書き入力機能

 正直、ここまでで、僕のenchantMOONについて言いたいことの9割は言い尽くした感じです(本当)。

 それ以外の機能については、プロトタイプを見せて頂いた段階では、まだ安定度も低くて、正直、評価しきれない感じではあったので、少し駆け足気味に紹介していきます。

 enchantMOONは、手書き入力デバイスとはいえ、単純に手書きメモをビットマップで保存するだけじゃありません。

 文字認識機能で手書き入力した文字をテキストデータに変換したり、描いた絵をオブジェクトとして認識させ、機能を持たせ、iPhoneが登場した当初からshi3z氏が手がけているZeptopadシリーズの手書きメモ機能などを受け継ぎながら着実に進化させています。

 enchantMOONはまさに、長年shi3z氏が描き続けている手書き入力デバイスへの想いが、ソフトウェア開発だけでは満足できず、ついにハードウェアにまで昇華された最初のデバイスといえます。

いつ買うの? 今でしょ!

 ということで、だいぶ長くなってしまいましたが、結論的にenchantMOONは買うべきなのでしょうか?

 取材した当時、shi3z氏は価格設定に頭を悩ませていて、僕も「値段いくらがいいと思う?」と何度も聞かれました。

 僕は4万9800円までなら買いますと言ってたのですが、最終的な値段は3万9800円

 話をしていたときは「ヨンキュッパだと赤字だから厳しい」と言っていたので、この値段にはかなり驚きました。しかし、この値段なら、ガジェット好き、新しもの好きな人は、即買いして損はないと言い切れると思います。

 はっきり言って、僕が取材させていただいた時点での手書き入力以外の機能は、まだ不安定でパフォーマンスも悪く、完成度が低いと言わざるを得ない状況でした。

 enchantMOONの手書き入力の書き心地を実現するための驚くべきポイントは、Androidのネイティブレイヤどころか、OSレベルでのチューニングをしているにもかかわらず、そのほかの機能実現は、すべてJavaScriptを使って実装していると点です。

 この両極端とも思えるアーキテクチャにより、enchantMOONは、かつてないほどの手書き入力精度を実現しつつも、拡張可能で柔軟性のあるシステムを備えています。

 ただ、仮にJavaScript実装の完成度が上がっても、現状のenchantMOONのハードウェアスペックでは、CPUパフォーマンスなどの面で、手書き入力以外の機能においては、快適に利用できる環境は難しいかもしれません。

 メーカーによる大量生産ではない、ソフトウェア会社による初めてのハードウェア製品だからこそ実現できた特別なデバイスのオーラがenchantMOONからは十分伝わってきました。

 shi3z氏のビジョンに共感でき、手書きコンピュータの将来に興味がある人は、将来への投資の意味を込めても、enchantMOONの購入を検討してみてはいかがでしょうか?

 今回、shi3z氏とは友人という関係を差し引いて、公正に、むしろ厳し目にレビューするつもりだったのですが、蓋を開けてみるとけっこう絶賛記事になってしまった感じもしています(汗)。

 その一番の理由は、最大のウリである手書き入力のデキが予想以上に良かったことと、初回ロットだからこそ実現できたと思われるガジェット・ハードウェアとしての出来の良さによるところが大きいです。

 逆に、正直、文字認識や、プログラミング機能など、手書き入力以上の機能はまだまだ発展途上であることは否めなく、「ハードウェアスペック的にも実用にはちょっと厳しい」というのが正直な僕の感想でしたが、それでもこの値段であれば、将来への期待も込めて十分投資したいと感じました。

 ちなみに、この記事は、enchantMOONの初回ロット販売に貢献すべく、予約開始に合わせたいと思っていたのですが、僕の原稿が遅れている間に予約が開始されちゃいました。

 しかしこれまたびっくりなことに、予約を開始してみれば、1時間で1000台予約を達成したとのことです。また、予約開始初日に初期ロット分は完売してしまったとのこと。

 これはiPhone 3Gが日本に上陸した時に、ソフトバンク表参道店で初日に売った数とほぼ同数です。enchantMOONの注目度の高さに驚かされました。

著者プロフィール ドリキン

サンフランシスコ在住 ガジェット、グルメ系ブロガー。ブログはDrift Diary XVと動画ポッドキャストのdrikin.tv。最近英語の勉強がてらに始めたDrift Diary USAも運営中。本業はソフトウェアエンジニアでdrikin.comにて自作アプリも公開中


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