では、いざ「やりたい」と思うことが生まれてきたとして、それが一人ではできないことの場合があります。スタートアップなどは、特にそうでしょう。
エンジニアは下手に創る力があるので、「まずは一人で全部やってみよう」と思いがちです。少なくともぼくの場合はそうで、起業した3年前に、とあるWebサービスの企画からデザイン、開発、リリースまでを一人で手掛けてみたことがありました。
結果は、ボロボロでした。
相談できる人もいなければ、評価してくれる人もいない。まさしく孤軍奮闘です。自分のアイデアがいいのか悪いのかも分からない、全く見通しのつかない霧の中を歩いているような息苦しさの中、ただひたすらコーディングする…… という日々でした。貯金もどんどん減っていきます。
唯一の気休めは「幾らでも技術的なトライアルを行える」ということくらいで、新しい技術にはたくさん挑戦できましたが、そんなのサービスの良しあしには全く関係ありません。ぼくの作ったサービスはほとんど知られることなく、この世から消えていきました。
コミュニケーションを恐れ、他人からの評価を恐れていた結果がこのざまです。
こうした反省から、今では、自分一人では手に余るようなことをやりたいと思いついたら、「誰か一緒にできる人はいないだろうか」とすぐに考えるようになりました。
ただし、人を巻き込むためには、人の心を動かす必要があります。ただこれが、猛烈に難しい。何度も何度も失敗しました。
人の心を動かすのに失敗するというのは、つまり自分の意見が反対されるとか、黙殺されるとか、そういう目に遭うということです。そういうことで、何度へこんだか数えきれません。
昔より少しはマシになったと思える今、人の心を動かすのに必要なのは、結局「心を通わせる」スキルだと感じています。
そのために必要なのは、相手への敬意と配慮を欠かすことなく、自分の考えを率直に伝えること。さらっと書きましたが、相手の心や性格は目に見えないので、簡単なことではありません。今でも失敗して、人を傷付けたり、怒らせたりすることがしょっちゅうあります。まだまだ修行中です。
それにしてもエンジニアは、「やりたいことをやる」のにとても恵まれた環境にあると思います。こんなぼくでも、「やりたいことやってるな」という実感を得ながら何とかやっていけているのですから(将来的にもそうかは分かりませんが……)。
まずエンジニアには、「創る力」がある。そのことをとてもうらやましく思っている人たちは、世の中にはいっぱいいるのです。少なくともぼくはこの数年、そういう意見を数限りない方々から伺ってきました。思いついたアイデアをすぐに形にできる、それがエンジニアにはできるのです。
そしてこの業界は、挑戦にも失敗にも比較的寛容です。シリコンバレーほどではないかもしれませんが、それでもぼくの周りにはスタートアップに挑戦している人が何人もいますし、その方々は自分が達成したい夢のことだけではなく、過去の失敗談も楽しそうに語ります。
さらにエンジニアは、市場が求める技術さえきちんと身に着けていれば、どこでも食べて行けます。ぼくも、失敗の数なら人に負けていない自信はありますが、失敗した後に身のやりどころがなくなった時、いつも受託の仕事などで食いつないでいました(今後もきっとそうでしょう)。つまり、挑戦して失敗することは、エンジニアにとってそれほどのリスクではないのです。
こういうことに気づいてからは、ぼくもあまり挑戦や失敗に尻込みすることがなくなりました。まあ、「尻込みしなくなった」というだけなので、挑戦が実を結んでいるかどうかとは全く関係ありませんけれども。
こんな考え方をして、人生いろいろとトライだけはしていて、トライよりもはるかに多くの失敗をしていて、それでも3人の子どもを養って、何とか生きている人間がいる。その事実が読者の皆さまに少しでも勇気を与え、「やりたいことをやり、人生に満足する」という生き方に踏み出す機会になったならば、ぼくとしてはこの上ない喜びです。
「エンジニアはどこへ向かうべきか」というタイトルの答えには全然なっていないような文章で申し訳ありません。「向かうべき方向などない。自分が今向かっている方向を『前』というのだ」なーんて、良いこと言ったようなそうでもないようなフレーズで、この文章を終えたいと思います。
つたない文章に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
白石俊平@shumpei
オープンウェブ・テクノロジー代表取締役として、Web標準技術に関するコンサルティングや開発、教育事業に従事。
Web技術者向け情報メディア「HTML5 Experts.jp」編集長、日本最大のHTML5開発者コミュニティ「html5j」管理人、一般社団法人 日本オープン・ウェブ・アソシエーション代表理事など、Web先端技術に関する情報発信とコミュニティ活動を精力的に行っている。
グーグル社公認Developer Expert (HTML5)、マイクロソフト社公認Most Valuable Professional (IE)、W3C Invited Expertなどを歴任。著書に「HTML5&API入門」(2010, 日経BP)、「Google Gearsスタートガイド」(2007, 技術評論社)、監訳に「実践jQuery Mobile」(2013, オライリー)など。
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