以前担当した、基幹業務システム開発をめぐる裁判なんだけどね。裁判所の助言もあって、対決しているはずのユーザーとベンダー双方の担当者が、早期解決を目指して一致協力したってわけ。システムの欠陥について腹を割って話し合い、一緒に調査もしたのよ。
担当者同士って、意外と通じるところがあるからね。
その結果、多くの欠陥について責任が双方にあることが分かって、対立点が大幅に減って、早期に解決したのよ。
すごいねえ。じゃあ、僕らも裁判になったら……。
そうじゃなくて、裁判までいかなくても解決できるんじゃない? それどころか、開発を継続できるチャンスだってある気がするわ。
ほ、本当?
この問題の原因は、不備な契約と要件でしょ? そうよね?
う、うん。
確かに、イチロの会社の引き継ぎ不足もあるけれど、そもそも、要件や契約の不備は双方の責任じゃない。非は非として、ちゃんと話したら?
でも、もうそんな雰囲気じゃないんだよね。
大上段に会議とかで言ってもだめよ。まず敵の中に味方を見つけるの。「完成させたい」ってメールをくれた人はどう?
ああ、彼。ユーザー側の実質的な旗振り役の人だよ。
じゃあ、まずはこの人にアタックしてみたら? 会議の席上では話せなくても、個人的には通じるところがあるんじゃない? 「もう一度要件定義書を作り直しましょう」って、腹を割って相談すればいいのよ。相手だって、勝っても何の得にもならない裁判なんかより、よほど生産的だって考えるんじゃない?
う、うまくいくかなあ。
相手が難色を示したら、要件定義工程だけでもやらせてほしいって頼むのよ。少なくとも紛争でモノ別れってことにはならないでしょ。
そりゃそうだね。
「話せば分かる」なんて言うと、安っぽい仲裁に聞こえるかもしれないけれど、裁判所の調停では、裁判になる前に話しておけば良かったのにってことが本当によくあるの。IT紛争ってお互いの責任分担のモレやちょっとした理解不足、確認不足が原因のものが多いのよ。
いつからか意地になっちゃうんだよねえ。1人でも譲らない人がいると、全体がそっちの意見になってしまいがちだし。
個人同士なら、そんなことにならずに分かり合えることが多いでしょ。まず相手側の同じような立場の人と、秘密で同盟結んで、ちゃんと要件定義書案を作ったら、お互いのお偉いさんのところを一緒に回ってごらんなさいよ。裁判沙汰にするのはそれからでもいいでしょ?
なるほど! そうか、そうだよね。
大事なことは、契約書と要件をちゃんとつなげておくこと。ただし、要件や成果物は開発中に変わるから、契約書の別紙にしておいた方がいいわね。
まだ、解決への道はありそうだね。うん、何とかなりそうだ。
そういうこと。
と、塔子……。
えっ? な、何よ。手なんか握っちゃって……いや、ちょっと……顔が……ち、近い。
ぼ、ぼ、ぼ、僕……。
ちょっと、待って、そ、そりゃ、ア、アタシの魅力に負けちゃうのも……分かるけど、まだ昼間だし、ここオフィスだし……。
ぼ、ぼ、ぼ、僕……にとって塔子は……。
いや、だから告白ならTPOっていうか、シチュエーションていうか、ねえ。ほら、もっとオシャレなって言うか……。
塔子は……布袋様だ。
……へっ?
裁判になったら、もう会社にいられないかもしれないなんて考えちゃってさ。だからホント助かったよ。塔子は正に救世主だよ。
せ、せめて弁天様とか……。
いやあ、心底悩んでても、この人に相談すれば明るい心で帰れるんだから、やっぱり布袋様だよ。うん、布袋様。
な、何でアタシが、あんなお腹丸出しのまん丸じーさんなのよ! せめて、まともな服着せろ。このバカ!
じゃ、じゃあ恵比寿様、大黒様?
いいから、もう帰れ!
「誰よ、アタシのことインドの神様カーリーみたいだなんて言うのは!!!(塔子)」次回掲載は4月4日、引き続きイチロがボケ倒します。お楽しみに!
細川義洋著
日本実業出版社 2100円(税込み)
約7割が失敗するといわれるコンピューターシステムの開発プロジェクト。その最悪の結末であるIT訴訟の事例を参考に、ベンダーvsユーザーのトラブル解決策を、IT案件専門の美人弁護士「塔子」が伝授する。
細川義洋
東京地方裁判所 民事調停委員(IT事件担当) 兼 IT専門委員 東京高等裁判所 IT専門委員
NECソフトにて金融業向け情報システム及びネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムにてシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダー及びITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。
2007年、世界的にも稀有な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。
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