今はやりのブロックチェーンに、IntelとMicrosoftが手を上げた。Intelは、プロセッサにブロックチェーン向けの新しい命令セットを追加するという。その目的は?
世の中には「材料」などと呼ばれるものがある。とはいえ、それは物理的な実体ではなく、売買の「材料」であったりするのだが……。ここ数日「量子コンピュータ」にお金が注ぎ込まれるということで「材料」視されたり、20xx年には内燃機関の自動車が禁止されるということで「EV」が注目されて「材料」視されたりという具合で、多くの人の心の動きを想像した概念である。端的には流行と言い換えても、懸け離れてはいないだろう。
このところ、そういった流行に対して敏感に反応し、矢継ぎ早にリリースを打っているように見える半導体会社がある。言わずと知れた「Intel」である。同業他社と比べてもうかっていないわけではないし、規模も影響力も大きいけれども、この先の「成長」の余地はどこにあるの? と問われて久しい。
そのためなのか。みんな(といっても米国のアナリストと呼ばれるような人の比重が大きいような気もする)が、「材料」視するようなテーマに、次々とニュースリリースを打つ。近いところでは自動運転の実験であり、そして今回取り上げるブロックチェーンである(Intelのニュースリリース「Intel and Microsoft Collaborate to Deliver Industry-First Enterprise Blockchain Service」)。
日本でもブロックチェーンは注目されているが、FinTechとかビットコインからの発想であり、分野の広がりはまだまだ限定的に思われる。その点、人々の発想というか、想像が進んでしまっている米国では、ブロックチェーンで産業構造が変わるのではないかと確信し、そこに「材料」を見いだしている人物が多いようだ。
つまり、既存の社会を支える「取引」のインフラがブロックチェーンに置き換わる。そのとき、いままでの仕組み、現段階ではメジャーな組織間で動いていたお金が、新たな仕組みの側について変わるはずだと考える。大きな変革が起き、そこに巨大なビジネスチャンスが開けてくるだろう、という具合だ。
世界中、官・民問わず、文明社会は文書行政、狭い意味の商取引に限らない「取引」「手続き」の連続である。メソポタミアの昔から「台帳」というものは存在し、オーソリティーがそれを管理していた。
多くの場合、オーソリティーは単なる管理だけではなく、管理するリソースの配分とか計画にも関与する。そこに利権というべきか、核心的利益というべきか、そういうモノが存在するような組織も多い。しかし、ブロックチェーンは、単なるネットワークのソフトウェア的インフラにとどまらず、そのような仕組みそのものを変革するような論理を内包している。これを受けて、「夜明けは近い、一旗揚げるぞ」というわけだ。
そこでかどうだか、IntelはMicrosoftと組んで、新たなブロックチェーンのインフラとなるソフトウェアサービスを普及させようと決意した模様だ。そこで注意すべきは、今あるブロックチェーンのネットワークも、現時点でIntelのプロセッサ上で動いている比率はかなり多いはずだ、という点である。
ビットコインのマイニングにスパコンが使われているようだが、スパコンのプロセッサシェアの90%くらいは、Intel Xeonが使われていると推測する。データセンタのサーバマシンのプロセッサにしても、ほとんどがIntel製だ。
別にIntel製のブロックチェーンソフトウェアを普及させても、Intelのプロセッサがより売れるようになる、という関係は見いだせない。ただ、問題はIntelの預かり知らぬところで、ブロックチェーンのインフラができていた、ということである。
Intelから見ると、これはちょっと恐ろしい。例えば、スパコンのプロセッサは、現時点ではIntel製だが、目の上のたんこぶ的にNVIDIAのアクセラレータも存在するし、ARMも狙っていないわけではない。
もっと不気味なのは中国である。現時点で最速のスパコンは中国製であり、非Intelの中国製プロセッサである。何か自分のところのプロセッサに囲い込むための手段を盛り込まないと、どこかの時点で金城湯池をひっくり返されるのではないか、とも想像される。ゲスの勘繰りか。
タイミング的にも悪くはない。2017年8月の頭に起きたビットコインの分裂騒動はニュースにもなった。既存のブロックチェーンの仕様に問題があることが明らかになってきたからだ。指数関数的に増大するトランザクションを短時間にさばいていくためには何らかの改善、改良が必要であるとみんなが感じているのだろう。そこに「俺様の出番」とばかりにMicrosoftとIntelがチャンスを見たとしてもおかしくはない。
そこでIntelのプロセッサに囲い込むための手段が、SGX(Software Guard Extensions)だと思う。IntelはSIMD系の命令を追加するのと並行に、ピンポイントで特定用途の命令を時々追加してきている。1命令、2命令の追加というのもあるが、SGXはそのような特定用途の命令追加としては大きい方で、数年前に十数命令を一気に追加している。
要は特権リングとも離れたアンタッチャブルな「保護領域」を作り出し、悪者からの攻撃を防ぐための要塞の中で漏れては困る仕事(暗号関係など)を実行しようという考えだ。ARMではかなり前からTrustZoneという仕組みが導入されているのでタイミング的にはIntelの方が遅い。
ただし、この頃のIntelの行動としては、新規追加の命令セットに関して必ず特許を取得、という方針がある。特許検索をかけたわけではないのだが、当然、SGXについても、それなりの特許を取得していると思われる。
つまり、IntelとMicrosoftのブロックチェーンのソフトウェアを使うならば、SGXが使用されることになる。当然、他社のプロセッサでは(Intelがライセンスを供与しない限り)SGXは使えないから、そのソフトウェアも使用できない。つまりは、Intelのプロセッサでないとそのブロックチェーンインフラは成り立たない、となるわけだ。
こうして考えると、Intelのブロックチェーンへの対応というのは、みんなが狙っている新規分野に積極的に攻勢をかけている、というよりは、今持っている市場を守るための一手にも見える。
もともとブロックチェーン自体に、誰かが改ざんしたとしても自律的にその改ざんを排除でき、特定の管理者なしに一貫性を保てるという仕組みが組み込まれている。Intelにしたら、SGXによりもっと安心、高速にブロックチェーンが使えるようになりますから、こっちを使ってね、とお誘いするのだろう。
「出来上がった」既存の組織で、インフラのコスト削減などを目的にブロックチェーンに乗り換えたいといったケースであれば、Microsoft+Intelのブロックチェーンは安心かもしれない。何せIntelとMicrosoftが既存の大組織であり、卓袱台(ちゃぶ台)返しされるとマズイ側にいるのだから。
それに対して、既存の仕組みをブロックチェーンでひっくり返してそこにある利益をこちらに付け替えよう、などと考えている輩の場合にはどうか? 本当にブレークするのはそちらの側から現れるのではないか? ブロックチェーンで何をどこまでやれるのか? ブロックチェーン上のビットコインのようなものが、投機の対象である間はなかなか進まないのではないか? 気付いたらいつの間にか、決済インフラ、契約インフラ、そして広く「社会契約」のインフラになっているのかもしれないが……。
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサを中心とした開発を行っている。
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