運用保守契約は永遠です「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説(70)(1/3 ページ)

契約が更新されなかったからとブチ切れる運用保守業者 vs. 大きな案件があるかもしれないと口走ってしまった発注者。正しいのはどっちだ!

» 2019年09月30日 05時00分 公開
「訴えてやる!」の前に読む IT訴訟 徹底解説

連載目次

便利で安心? 保守契約の自動延長条項

 皆さんはソフトウェアの保守業務に携わったことがあるだろうか。

 納入したシステムを安定稼働させるために、監視を行い、問題があれば対応したりプログラムの修正を行ったりする。保守ベンダーはこれらを行うために、要員を客先に常駐させて、「月額単価×人数」で費用を計算する。

 派遣される要員にとっては、モノづくりをするわけではなく、安定稼働を確認するだけのルーティンワークが続いたり、トラブルが起きると徹夜の作業を強いられたりすることもあって、モチベーションを保つのがなかなか難しい仕事ではある。

 しかしベンダー企業にとっては、システム開発を一から行うのに比べるとコストや納期のリスクが小さく、何よりも安定した売り上げを定期的に上げられる都合の良い契約である。私もITベンダーの管理職だったころ、保守契約が複数あったおかげで売り上げ目標を達成できたことが何度もあった。

 こうした保守契約は、例えば「1年間を区切りとして、どちらかからか申し出がなければ自動的に延長」とするものが多い。つまりユーザーもベンダーも、特に大きな問題がなければ、新たに商談をして契約を結び直すことなく延長するので、ユーザーにとっては事務コストの軽減、ベンダーにとっては安心感のある形態ともいえる。

 しかし、安心し過ぎるのは禁物かもしれない。自動更新に慢心して、顧客満足の維持向上や営業活動を怠ったがために、ユーザーから突然契約延長を断られ、困り果ててしまうベンダーもいるのだ。今回は、そんな「保守契約の自動延長を巡る紛争」を紹介しよう。

自動延長の一方的な拒否は罪か?

 まずは事件の概要を見ていこう。

東京地方裁判所 平成25年7月10日 判決から

人材紹介サイトを運営する発注者は、ある運用保守業者にサイトの保守業務を委託した。保守業務の内容はサイトの機能追加や不具合改修を継続的に行うことであり、平成19年6月に作業が開始された。この保守契約は平成21年7月に諸条件を変えて締結しなおされた。ただし、これは詳細な条件は後の個別契約で定めるとした基本契約だった。また、この基本契約には、これに基づいて締結される個別契約は、双方から特段の申し出がない限り、自動的に延長されるという条項も含まれていた。

この基本契約に基づいて、両者は平成23年1月1日から同年3月31日までの求人サイト保守個別契約を締結した。ところが、それから間もない1月25日および2月28日に、発注者は、本期間満了後に保守契約を更新しない旨を口頭で通知した。運用保守業者は、これに対し、個別契約の更新拒絶は、不法行為に当たるとして、少なくとも将来1年分の利益は得られたとして、約2660万円の損害賠償などを請求した。

 発注者は個別契約が終了する3月末よりも前に契約を更新しない旨を伝えており、それを不法行為といえるのかは疑問である。

 ただ本件の場合、発注者が運用保守業者に契約の継続を期待させる行為、あるいは言動をしており、この状態で契約を更新しないのはいわゆる信義則違反に当たる、というわけだ。

 具体的には、発注者は運用保守業者に対して、契約期間中に「大きい案件の依頼があるかもしれない状況です」と発言した。

 この「大きい案件」が何を指すものだったのかは判決文から読み取れないが、少なくともこうした発言があるということは、両者の間に保守契約を打ち切るほどの問題がないことを推察させ、保守契約自動延長の期待を持たせるものであったと保守運用業者は主張している。

 確かに、契約を十分に期待させる言動をしておきながら実施しないとき、これを「信義則違反」として発注側に損害賠償を命じた判決は過去にもある。

 また保守運用業者は、保守サービスを提供したのは契約を結んでからだけでも2年4カ月、作業を開始してからでは3年7カ月に及ぶ長期のものであったことも主張している。

 サービス提供期間の長さが一方的な契約解除の不当性を主張する論拠になるのか疑問だが、長らく安定的に行われてきたサービスの提供とそれに対する代金の支払いが、大きな理由もなしに一方の都合で突然なくなるのは、経済的な行為の安定を目指す民法の考え方にもとるという考え方もある。

 実際、保守運用業者は、サービスの中断や品質の劣化がないように、要員をアサインしそれなりの教育をしたり、売り上げの見込みや業績の予測を立てたりしていただろう。大きな問題もないのに契約を継続できないとなれば、要員コストだけが残り、場合によっては株価の下落による損害を被る可能性すらある。

 一方の発注者側の主張は、そもそも自動延長の契約というのは、どちらかから契約しない旨の通知がない限りにおいて、再契約に関する事務的なコストを削減するためのものであり、特段に取引を保護する目的などないとするものだ。

 つまりこの裁判は、契約の自動延長が両者の取引関係を保護する目的を持つものかどうかが争われたものである。

 では判決はどうだったのか、続きを見てみよう。

お前100まで、わしゃ99まで。ずっと一緒にいこうと約束したじゃないか(画像はイメージです)
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