企業には、雇用を抱えるリスクとはまた別の雇用問題もあります。
2019年12月現在、日本は近年見られないほどの「人材不足」に陥っており、業界を問わず、企業は人材確保に苦心しています。2019年4月の有効求人倍率は全国平均で1.63倍。バブル期のピークが1.46倍だったことを考えれば、この数字がいかに高いものか分かるでしょう。
経済産業省が平成28年に発表した「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果」でも、「2015年の時点で既にIT人材は17万人不足しており、2030年には60万人近くのIT人材が不足する」という推計結果が報告されています。
この人材不足をどのように解消するのか、さまざまな角度から取り組みが行われています。
2020年以降に実施される「小学校プログラミング教育必修化」もその一つでしょう。しかし、その小学生が社会に出てくるのは、それこそ2030年前後です。それまでの間はどうすればいいのでしょうか。
即効性のある対策として、「海外の労働力をこれまで以上に受け入れよう」という動きがあります。
製造業や建設業、旅館業など計14の業種では、改正入管法に伴い、2019年4月から単純労働でも就労のための在留資格が得られる「特定技能」が設けられました。現状、その14業種にIT産業は含まれていませんが、海外オフショア開発を含め「足りない労働力を海外に求める」という方向性が、今後もさまざまな形で模索されていくことは間違いありません。
しかし、これはエンジニアを雇用する「企業側の都合」であることを忘れてはいけません。海外人材活用の動きからは、「不足する人材を確保したいが、人件費をいたずらに増やしたくない」という思惑が見て取れます。
市場原理では、需給バランスによって商品やサービスの価格が決定します。人材市場という観点に立てば、エンジニアも、供給が足りなければおのずと給与が上昇していってしかるべきです。しかし、海外から安い労働力を呼び込むことで、人件費の上昇は抑えられ、結果としてエンジニアの給与はいつまでも上がらないのです。
こうした問題を解決するには、企業が受注の増減に応じて自在に雇用調整を図れるようにする「雇用の流動化を実現すべき」との意見があります。
雇用の流動化が起きると「会社都合で簡単にクビを切られてしまうのでは?」と心配になる読者もいるかもしれません。しかし、景気が悪くなり会社が傾くことがあれば、現行の制度下でも早期退職制度という名を借りたリストラは至る所で実施されます。
実際、リーマンショックの後などは「待機部屋」で肩をたたかれたエンジニアが多くいたと聞きます。人口減少により、今後ますます人材が不足していくことを前提とすれば、雇用の流動化は、働き手にとって必ずしも悪いことではないのかもしれません。
雇用の流動化は就業の流動化とも言い換えられます。実際、自身が必要とするフェーズによって会社を変えていく「転職」は、ひと昔前より一般的になったように感じます。
一般派遣やフリーランスの世界では、既に雇用が流動化しています。その結果、市場で何が起こっているのでしょうか。
一般派遣やフリーランスは既に人材確保のために時給が高騰しており、正社員よりも多くの報酬をもらっているエンジニアも多くいます。
しかも技術力を付ければ、正社員でいるよりも仕事を選べる(期間や場所、単価などの基本条件のみならず、業種、フェーズ、開発環境まで)可能性が高いので、請負のSIer、SESをメインとした企業のエンジニアにとって、脱正社員は他の業種や職種より魅力的な選択肢ともいえます。
一方、ここ数年、ITドリブンでサービスを開発、運営していく企業に起こっているムーブメントが「内製化」です。
デジタルトランスフォーメーション(DX)時代を迎え、サービスをアジャイルに成長させていくためには、開発前に要件をきっちり決めて外部のIT企業に外出ししていくウオーターフォール形式では、スピードが間に合いません。サービスに対するコミットという点でも、社員としてエンジニアを採用し、内部で作り育てる方向にシフトしているのです。
メルカリやLINEなどのDX企業に触発されて内製に取り組む大手企業も出てきています。「前田建設の内製アジャイル」や「デンソー、ITはじめるってよ」など、他業種も頑張っています。企業の理念にコミットして働く、という腹のくくり方も“アリ”でしょう。
多重下請け構造も、海外人材活用も、雇用の調整弁=企業側の都合の側面があります。就業先に運命を委ねて、景気が変わったときに調整されるエンジニアになるか、自律的にキャリアを考え、価値を創造する側のエンジニアになるか――それは、あなた次第です。
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