山本 アプリのプライバシー問題に対して非常に懸念を示される方もいなくはなかった。あと、これを入れると他の用途に流用されるのではないかと懸念される方もいたのではないかと思うんです。
鈴木 スーパーシティー構想が出てきて、商用利用になるとみんな個人情報の利活用に賛成するでしょう。武雄市図書館問題のときも、本の貸し出し履歴すらポイントをもらえるなら第三者提供してもいいという流れになった。
ところが、国民の生命身体の保護に関わる公衆衛生という公共的な問題となると、途端に位置情報の取得に抵抗が強くなる。マイナンバー制度の導入も含めて、なぜかプライバシー意識が高くなる。なんかチグハグ感が、国民にも政府にもあって。踏み込むべきところ、遠慮すべきところの頃合い、比例的な調整、その判断に軸がないのが非常に気になります。
山本 ムラがある感じですよね。プライバシーが心配だ、といっても、技術的にどこが危ないと思っているのか分からないまま、感情と決め付けで「これは危ない」と言っているにすぎないケースも少なくないように思いますね。
高木 確かに報道も最近下火です。4月、5月のころは、「プライバシーの侵害、懸念」などという見出しで報じられていました。ただ、それは仕方がない面もあって。海外の民主主義でない国では、日ごろから監視しているところもある。同じようになってしまってはいけないという意味で、まずけん制するためにそういう報道をする必要があるというのは分かるんです。
けれども今回始めるアプリは非常によく工夫されていて、それはApple、Googleのおかげですが、プライバシー上の問題が少ない。本当に必要なことしかしない、批判のしどころがないものになっていて、報道も何をいっていいのか分からない状態になっているのかなと。
山本 海外でいうと、シンガポールの事例がありまして。国内のトレーシングアプリの流通は25〜30%だと言いながら、海外からシンガポールに入る人には強制的にインストールさせるアプリが別にあったりとか。さらに一部の報道で出ていましたが、もともとシンガポールでは、監視まではいかなくても国民の状況確認のために把握できる仕組みが複数用意されていて、他のアプリと合わせて考えると6割以上の補足率になるんじゃないかと言われてはいます。
国によって、国民の情報の扱い方や危機管理のためにどういう情報を使っていくのかに差があるので、安易に「他の国はこうだったのでわが国はこうしましょう」とはなかなか言いづらいのではないかと思います。
高木 シンガポールの「トレース・トゥギャザー」――日本もまねしようとしたアプリですが、それとは別のものがあるということですか?
山本 シンガポールにはもともと、今回の感染症対策とは別に、国民の状態を管理、ウオッチする仕組みがあると彼ら自身が言っています。しかし、具体的にどういうことをやっているのかはちゃんと教えてくれないんですよね。そもそも日本がシンガポールから邦人を帰国させるためにどういう手続きをするかを両国間で交渉する中で、どういう情報を扱うか、邦人に対して行われたかは向こう側の説明では納得できない部分はあったのかなと思います。なかなか難しいところです。
高木 ほおお。
山本 感染症といわれれば「いろんなことができるんじゃないか」とか、「こういうところまで知られたら困るんじゃないか」みたいな議論はどうしても広がるんですけれども。実際には皆さんにお話しいただいたように、このアプリ単体は、全部オプトインだし、悪用される余地も多くないだろうということで、入れていくのは問題ないと思いますが。
板倉 高木さんからも説明があったように、われわれが生データを渡されて何か違うことに使ってみろと言われても、本当に今公表されている仕組みであれば、他に使いようがないので、悪用は難しいだろうなと思います。政府が他にも普段からいろいろと取っていて、平気でひも付けるとなれば話は全く別ですけれど。そもそもそういうことがない国であることを前提にすれば、これ単体の生データを見ても他に使えと言われてもなかなか難しいと思います。
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