偽装請負を率先して享受することで会社を大きくしてきた新興ベンダー「サンリーブス」。創業社長の思惑は――。
ベンチャー企業。AIソフトの開発を得意としていたが、最近はさまざまな案件を請け負っている
大手コンサルティングファーム
日本を代表するメガバンク。勘定系システム刷新プロジェクトの真っ最中(ただし、2回リスケ)
「イツワ銀行」の勘定系システム刷新プロジェクトは崩壊寸前。パートナー企業「サンリーブス」のプロマネ澤野の同僚白瀬は、「東通」のリーダー岸辺と共にイツワの法務部に乗り込み惨状とその原因をつまびらかにする。そのころ同じく後輩の江里口はサンリーブス株主大矢を訪ね、ある取引を持ち掛ける。
イツワ銀行の役員会議室は、異様な雰囲気に包まれていた。
「山谷君、これどういうこと?」
会議室に居並ぶ重役たちを前に、山谷は直立不動のまま動かなかった。何か話そうとしても乾いた上下の唇がくっついて口を開けない。
「何か言いなさい! システムのリリースがまた遅れた上に、偽装請負の山だと? 君は、頭取を犯罪者にでもするつもりか!」
副頭取の叱責(しっせき)に対し、山谷は頭を下げるのが精いっぱいだった。
「この状態が続けば集団訴訟の恐れもある、と東通の代表から書面が届いている。大問題だぞ、この責任はどう取るつもりだ!」
その言葉を皮切りに、十数名の取締役たちから次々と厳しい言葉が山谷に浴びせられた。山谷は黙って頭を下げ、自分がかいた汗が鼻を伝わって床に落ちるのを見つめるだけだった。
言葉が尽きたか取締役たちの声がようやくやみ、それまで無言だった頭取が口を開いた。
「リリース遅延の件は、金融庁に説明して了承を得た。『今更イツワのシステムに何があっても驚かない』と、嫌みを言われたがね」
頭取の口角は上がっていたが、その目は治まらない怒りに鈍く光っていた。
「は」――山谷は頭を下げたまま、やっとのことで声を絞りだした。
「ただ、偽装請負はまずい。告発なんてことになる前に、当行としても先んじて襟を正しておく必要がある」
「も、申し訳ございません!」
折ったままの腰が痛み出したが、それどころではない。今、頭取がどのような表情をしているのか、それが恐ろしくてとても顔を上げられない。そんな山谷の頭上に、これまでとは打って変わった柔らかい声音で頭取が言葉を投げ掛けた。
「長くシステム室にいて、君もだいぶ疲れたろう。少し英気を養うのも悪くないんじゃないか?」
「……」
「奥さんも喜ぶような、のんびりできる地方とか。人事部長どっかないかな?」
頭取に問われた人事部長は、小さく礼をした。
「確か、登別支店の次長が来月定年退職の予定です」
「それはいい。あそこは空気もいいし、温泉も一級品だ。そうだ、せっかくだから田中君も一緒に連れていくといい。あそこは最近成績がいまひとつのようだから、渉外担当者として活躍してもらおう。うん、それがいい」
何を言われても、ただ黙って聞いている他なかった。この命令を断れば、退職どころか懲戒免職の恐れすらあるのだ。
会議後、山谷は田中に左遷の件を告げた。2人は何も話すことなく、ただ座り込んでいた。
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