グローバルに活躍するエンジニアを紹介する本連載。前回に引き続きRippleのCTO、David Schwartz(デビッド・シュワルツ)氏にお話を伺う。暗号資産業界で先陣を切るRippleにおいて同氏が最も重視するのは「エンジニアへの敬意」だった。
世界で活躍するエンジニアにお話を伺う「Go Global!」シリーズ。前回に引き続きご登場いただくのはRippleのCTO(最高技術責任者)であるDavid Schwartz(デビッド・シュワルツ)氏。キャリアを探しているエンジニアに伝えたい一番大切なこととは何か。聞き手は、アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広。
阿部川“Go”久広(以降、阿部川) 2011年にRippleへ入社されます。最初の肩書は「チーフクリプトグラファ」ですが、どういった役職なのでしょうか。
シュワルツ氏 少し説明が必要です。私はRippleの設立時からいる社員の一人で、経営陣は私にCTOをやってほしいと考えていました。ですが当時は、経営の指揮を取るよりサービスそのものをしっかり作り込むことが優先でした。
私は文字通り腕まくりをして開発を続けましたが、そんな私の姿を見て、従業員の皆が「デビッドの働きを的確に表すような、格好(かっこ)いい肩書はないか」と考えてくれて、この肩書になったのです。私の仕事をよく表現してくれていると思います。「企業のデジタルアセットとソフトウェアを含む帳簿を守る」といった意味合いだからです。
阿部川 すてきな肩書だと思います。従業員の皆さんはデビッドさんのことをよく見ていたのですね。
シュワルツ氏 そうですね。サービスの作り込みが一段落し、ビジネスが軌道に乗った後の私の仕事は、自分のやっている仕事を他の人に委譲することでした。もし私に何かあり、誰もそのやり方を知らないとすると、それは会社にとっては良いことではありませんから。
もし誰にもできなくて私にしかできないことがあれば、実はそれこそが私の価値や私がやらなければならないことへ向けるエネルギーを奪ってしまうものなのです。そのようなことが多くあれば、むしろ私の能力の価値は下がっていくでしょう。
そうして全ての業務を他の誰かに引き継ぎ、私の役割は新しいアイデアを考えたり、世界中のトレンドを調査したりすることに変わりました。その後、戦略を構築したり、エンジニアリングチームの最適化を図ったりと企業運営のリーダーシップも取るようになりました。
阿部川 CTOのような役割ということでしょうか。
シュワルツ氏 CTOには違いないのですが、私のやり方は伝統的なCTOの役割や責任とは違うと思います。あるインタビューでそんな話をしていたら、インタビュアーがこう言いました。「1つお聞きしたいことがあります。伝統的なCTOって何をするのでしょうか」。私も詳しく知りません(笑)。
阿部川 確かによく分かりませんね(笑)。では現在デビッドさんがお考えになる「CTOとして行わなければならない一番重要なこと」は何ですか。
シュワルツ氏 会社で働く全てのエンジニアが自身のやっている仕事に対してプライドをしっかりと持てるようにしてあげることだと思います。会社の戦略を理解し、自分の役割を理解できる状態にすることです。例えば「そっちよりも、こっちの方をやってくれ」と言われたから一所懸命やって完成させたのに、それから3日たってもプロジェクト全体に何も起こらないということは決してあってはならないのです。
私たちは常に組織がアジャイルであることを望んでいますが、現状Rippleは約500人の従業員がいますから、アジャイルな組織を形成し続けることは簡単ではありません。しかし、なぜこの仕事をしなければいけないかを知らせられないままに「仕事が間に合わないときにだけ、仕事の重要性を聞かされる」などということは、決して起こってはいけないのです。
エンジニアの雇用市場は非常に競争が激しいので、彼らに敬意を表することがなければすぐに他の企業に転職してしまいます。もちろん雇うときに彼らを偽ることもできません。スマートなエンジニアであれば、企業戦略の不整合などはすぐに見破ります。
阿部川 相手に敬意を払うことはどの業界においても重要ですね。
シュワルツ氏 はい。そして、明確に方向性を示すことも重要です。会社内のある人はこっちに行くと言い、他の人はあっちに行くと言うなど戦略が曖昧な会社は誰もが嫌なはずです。それではいつまでたってもどこにもたどり着けませんからね。RippleのCEO(最高経営責任者)であるブラッド・ガーリングハウス(Brad Garlinghouse)は、以前在籍していたYahooを「Yahooには20の“良いところ”があるが、“特筆したところ”がなかった」と語っています。
これは「ピーナッツバター・マニフェスト」と呼ばれて有名になりました。フォーカスの大切さを訴えたもので「特筆すべき強みが1つもないなら人々は見向きもしない」ということです。何でもいいので素晴らしいところを1つ持つべきなのです。それと同じことがCTOの仕事にもいえると思います。ただそれは至難の業です。
もちろん組織やチームのバランスも大事です。常に変化する状況の中で、ある一定の方向性を維持しつつ、仕事そのものは完成させていく。そのバランスが難しいと思います。大きくて変化の激しい市場では特に難しいことです。
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