阿部川 その後、大学に進学されますが、これはシンガポールの大学ですね。なぜUAEの大学にしなかったのですか。
ラジさん 現在は違いますが、当時はUAEに際立った大学がなく、大学の勉強をするのであれば別の国に行く必要がありました。すでに姉が米国の大学に進学していたので、両親から「もう少し近いところで勉強してほしい」と希望されたので、UAEに比較的近い、アジア圏にあるシンガポールの大学(NUS:National University of Singapore)に行き着いたというわけです。
「近いところ」でもあるのですが、シンガポールはアジア圏の中でも教育にかなり力を入れている国でもあります。文部科学省が公開している「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2011)」を見ると、過去5回実施された世界の学力調査でシンガポールはトップ3(しかも、ほとんどが1位)に入っています。実家に近く、自分の力を思いっきり伸ばせるところとしてラジさんはシンガポールの大学を選んだのでしょう。さすがです。
阿部川 NUSではどういったことを学んだんですか。
ラジさん 専攻はコンピュータサイエンスでした。最初の2年間はアルゴリズムとかバイナリーとか、基礎的なことを学びました。後半2年間は、幾つか選択肢があって、私はその中で「ASP.NETを使ったeコマース」を選択しました。
阿部川 eコマースを選んだ理由はなぜでしょうか。起業を考えていたとかでしょうか。
ラジさん シンプルに面白そうだと思ったからです。インターネットを介して多くの人がやりとりすることの可能性も感じていました。当時「Friendster」という、シンガポールでは大手のソーシャルメディアネットワークがあって、皆インターネットでつながり出したときでした。私も「GeoCities」などでネットワークを経由したやりとりにはまっていましたから、同じようなプロダクトは自分でも創ってみたいと思っていたんです。
阿部川 なるほど。大学卒業後はそのままシンガポールの企業に就職したのですよね。
ラジさん はい。「ERP」(Enterprise Resources Planning)製品の導入を支援する企業で、そこで主にエンジニアリングサイドのコンサルタントをしました。いつもは社内でプログラミングをし、必要に応じて顧客先で機能やプログラムを説明したり、顧客の要望を聞いたりするといった仕事でした。その仕事以外にも、幾つかの企業で働きました。小さな、まだ「インキュベーター」と言ってもいいような小さな企業でしたけれど。その中でCTO(最高技術責任者)も経験しました。
阿部川 CTOは技術力だけでなく、経営にも責任を持たなければならないポジションです。実際にCTOを経験されて、他の仕事と根本的に違うと思ったことはありますか。
ラジさん 普通の仕事は「特定のタスクや特定のゴールを達成すること」が目的になりますが、CTOは目標達成に加えて、例えば、自身の能力の向上も必要だし、業界の動向も知る必要があるという点が違います。あるいは競合他社にも目を光らせないといけないし、優秀な人材の採用もあれば、自社の製品が魅力的かどうかも心配しないといけない。自分のコードだけを心配するのではなく、「一緒に仕事をしているエンジニアたちがハッピーに仕事ができているかどうか(そういう環境にできているかどうか)」を考え、それを実現するために尽力することが他の仕事と違う点だと思います。
てっきり「技術でしっかり稼ぐこと」といった答えが来ると思っていたのですが、この回答にはびっくりしました。やはり上に立つ人はこうじゃないと、と思います。仕事に集中していると「何ができるか、何をすべきか」といった視点になりがちですが、「自分も周りもハッピーかどうか」を考えないとつらくなってしまいますよね。私はCTOではありませんが、これから仕事をする上で常に忘れないようにしようと思いました。
阿部川 お聞きしたところ、エンジニアとしての仕事からマネジメント、経営といったように、とても順当に仕事の責任範囲を広げていらした印象です。マネジメント一つとってもいきなりできるようにはならないと思うのですが、どのようにスキルや経験を積み重ねたのでしょうか。
ラジさん 幸運なことに、シンガポールにいるときに、さまざまなスタートアップの方と仕事する機会がありました。ですから、そうした企業のCEO(最高経営責任者)やCTOたちから学べることはたくさんありました。できるだけ多くのイベントに参加して先人たちの経験談を聞くようにもしましたね。それと自分でも、仕事の上で試行錯誤をして失敗し、そこから学んだものもあります。
これはスタートアップでよくあることだと思いますが、最初はどうしても技術に過度にフォーカスしてしまいます。でも大抵は失敗します。そこで「どんなに素晴らしい技術を実現した製品でも、誰も使ってくれなければ意味がない」ということを学ぶのです。だから今では「たとえ技術的に傑出していなくとも、100万人の人が使ってくれているとしたら、それはとても良い製品だ」ということが身に染みて分かります。
阿部川 ピーター・ドラッカーは、「ビジネスの目的はたった一つだけ、顧客を創造すること」といったことを提言していますが、ラジさんはそれを体現しているのですね。
幼いころから技術に興味を持ち、GoogleやAmazon.comなどの企業の隆盛を目の当たりにした同氏は、当然のようにインターネットを介したビジネスに興味を持ち、経験を重ねた。後編はミクステンドに入社したいきさつとCTOとして大切にしていることについて聞いた。
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