5Gの実証実験は数多く行われているが、実用化された事例は少ない。そんな中、コマツとその子会社であるEARTHBRAINが5Gを使った建設機械遠隔操作システムを開発し、量産に向けて現場で検証中だという。
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コマツ(本社:東京都港区、代表取締役社長 兼 CEO:小川啓之氏)とEARTHBRAIN(本社:東京都港区、代表取締役社長:小野寺昭則氏)は5Gを使った遠隔操作システムを共同で開発し、2023年3月からユーザーへの提供を開始した。2023年度上期に量産に向けた現場での検証を完了し、段階的に市場導入を進めるそうだ。
遠隔操作システムの主役は5Gではない。遠隔操作システムとコックピット(写真1)だ。オフィスに設置された未来的なデザインのコックピットを見ると、遠隔操作システムが持つインパクトが一瞬で理解できる。エアコンの効いた快適なオフィスから、暑くて危険な現場の建設機械を遠隔操作できるのだ。作業の安全性が確保できるだけでなく、オペレーターの生産性も向上する。例えば1人のオペレーターが北海道と九州の現場を並行して担当できるようになる。人材不足の地域の仕事を別の地域のオペレーターが担当することも可能だ。
労働環境が厳しい建設現場は若い人から敬遠されがちだが、オフィスで安全、快適に作業できるとなれば、女性を含め人材を確保しやすくなる。人手不足と高齢化に悩む建設業界にとって救世主になるかもしれない。
遠隔操作システムの構成は図1の通りだ。
遠隔操作システムの土台になったのは、1990年代の雲仙普賢岳の復旧工事で活躍するなど実績のあるコマツの無線操縦仕様車だという。遠隔操作の信号を無線操縦用に変換して建機制御部に伝えるソフトウェアとコントローラーを新規開発し、無線操縦仕様車と組み合わせることで信頼性の高いシステムを実現している。
建設機械にはカメラに加えて映像圧縮装置が搭載されている。高精細映像は圧縮して伝送され、受信側のコックピットで伸長してディスプレイに映し出される。写真2のように、コックピットには7つのディスプレイがあり、正面、左、右下の3つのディスプレイはリアルタイムで映像が表示される。これらの映像で前後左右や作業機を確認しながら、実際の運転席にいるのと同様に遠隔操作ができる。
1画面当たりに必要な帯域は数Mb/s(正確な数字は非開示)だそうだ。3画面あるので映像伝送で上り10数Mb/s程度必要ということになる。
建設機械とコックピットを接続するネットワークにはNTTドコモの「docomo MEC」を使っている。MECは「Multi-access Edge Computing」の略称でEdge Computingという名称の通り、スマホやIoT機器などの端末に近いモバイル網の端にコンピュータ資源(サーバ)を設置することで遅延時間の短縮を図るのが目的だ。自動運転や映像のリアルタイム認証など低遅延が求められる用途に適している。
docomo MECはNTTドコモとNTTコミュニケーションズが2020年3月から提供している5G MECサービスで、2023年6月現在、全国9カ所にMEC拠点が設置されている。MECと合わせて「MECダイレクト」というネットワークサービスが利用できる。MECダイレクトは端末とMEC基盤を直結して通信経路を最適化することで低遅延、インターネットを介さない高セキュリティ接続を提供する。
面白いのはユーザーがオンデマンドで端末の接続先MECを変更できることだ。例えば図1の建設機械が東北で稼働しているなら、東北のMECを接続先とすることで遅延時間の短縮が期待できる。
本コラムでは5G/4Gの実用化事例としてキャリア5Gによる工場でのモバイルロボット運用(ローカル5Gより速い! キャリア5Gによる事業所内ネットワークが稼働 2021年12月)、4Gによる自動搬送車の運用(企業にお勧め、5Gの導入を無理なく進める2つのアプローチ 2022年12月)、そして今回の建機の遠隔操作システムを取り上げてきた。
これらの事例に共通するのは5Gのうたい文句である「超高速」「超低遅延」「多端末接続」など求められていない、ということだ。帯域幅は数10Mb/sで十分だし、遅延時間は数10ミリ秒でも許容される。
もっとも求められるのは「安定性」だ。そして「ある程度の高速性」と「モビリティ」が必要とされる。さらに今回の事例で気付かされたのは「超長距離接続」だ。500キロ離れていても、1000キロ離れていても建設機械やドローンを遠隔操作できる。このような使い方はさまざまな分野で新たな価値を生みそうだ。
5Gのうたい文句にとらわれず「安定性」「高速性」「モビリティ」「超長距離接続」というキーワードで新しいユースケースを考えてはどうだろう。
松田次博(まつだ つぐひろ)
情報化研究会(http://www2j.biglobe.ne.jp/~ClearTK/)主宰。情報化研究会は情報通信に携わる人の勉強と交流を目的に1984年4月に発足。
IP電話ブームのきっかけとなった「東京ガス・IP電話」、企業と公衆無線LAN事業者がネットワークをシェアする「ツルハ・モデル」など、最新の技術やアイデアを生かした企業ネットワークの構築に豊富な実績がある。本コラムを加筆再構成した『新視点で設計する 企業ネットワーク高度化教本』(2020年7月、技術評論社刊)、『自分主義 営業とプロマネを楽しむ30のヒント』(2015年、日経BP社刊)はじめ多数の著書がある。
東京大学経済学部卒。NTTデータ(法人システム事業本部ネットワーク企画ビジネスユニット長など歴任、2007年NTTデータ プリンシパルITスペシャリスト認定)、NEC(デジタルネットワーク事業部エグゼクティブエキスパート等)を経て、2021年4月に独立し、大手企業のネットワーク関連プロジェクトの支援、コンサルに従事。新しい企業ネットワークのモデル(事例)作りに貢献することを目標としている。連絡先メールアドレスはtuguhiro@mti.biglobe.ne.jp。
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