相手の立場に立ち、対等でクリアなコミュニケーションを徹底するサンディさんだが、その対話力は生来のものだけではなく、努力して後天的に得たものもある。
10歳でフィリピンから来日した頃、彼女は日本語を一切話せなかった。街で初めて受け入れる外国人。状況を共有できる兄弟もいない。たった一人で言葉の通じない世界に飛び込んだ彼女は最初、身振り手振りで周囲との意思疎通を図った。
日本語教師による個別学習で日本語を学び、ドッジボールなどの遊びを通して友達を増やしていった。子どもならではのちょっとしたイジワルで、色黒の彼女を「ゴリラ」と呼ぶクラスメートもいたが、彼女はドラミング(ゴリラが胸をたたく動作)のまねをして明るくいなした。
異国で一から人間関係を築いていった原体験が、言葉の違いや環境の壁を超えて人と関わる基礎を築いた。
成長の過程で苦い経験も味わっている。コミュニケーションの行き違いから友人との関係を悪化させ、周囲から孤立してしまう経験もした。
「伝え方の問題でうまく伝わらなかったことを何回か経験しました。そこから、伝え方を工夫することや、自分が思った通りにことが進まなくてもコミュニケーションを取り続ける大切さを学んでいきました」
自分の行動や発言が相手にどう受け取られるか、その難しさと痛みを身をもって知ったからこそ、彼女は相手に伝える言葉や主語の置き方、接し方を意識的に改善し、トレーニングを重ねていったのである。
大学は桜美林大学のリベラルアーツ学群に進学し、コミュニケーション学とコンピューターサイエンスを専攻。系統立ててコミュニケーションを学んだ。
社会人になってからも、コミュニケーションの学びは続いた。新卒第1号としてdivxに入社した彼女に与えられた最初の役割は、グループ会社向けシステムのプロダクトマネジャー(PdM)だった。だが、開発プロジェクトはまったくの未経験で、メンバーとして参画した経験さえない。
「大局的な見方が学生だと分からないじゃないですか。プロジェクトの全体像も開発プロジェクトの進め方も分からないし、そもそも開発にどんな人が関わっているかも分からない。なので、その中での動き方やコミュニケーションの取り方も分からないし、その学び方も分からない。PdMという職種の定義をネットで検索して、理想像と現実のギャップに結構泣きました。『うえーん、分からないよー』って」
そんな彼女を救ったのが、上司からの一言だった。
「『ネットで調べたプロダクトマネジャーの役割を全うしようとするのではなく、目の前の状況を見て、プロダクトを作るために何をしたらいいかだけ考えればいいよ』と言っていただいて、めっちゃ動きやすくなりました。会社によってプロダクトマネジャーの定義もやってる範囲も違うので、ネットに載っている役割を全うしようとしても、当てはまらないことがあったんです。でも、いまこのプロジェクトで必要なこと、自分ができることをやっていったら、だんだんつながってきました」
役割の「型」にとらわれるのではなく、いま目の前にある「必要」のためにコミュニケーションを愚直にとり続けることこそが大切。この気付きが、彼女を真の橋渡し役へと成長させた。
末は「神父」か「エアクラフトエンジニア」か
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