介護かキャリアか〜重大な意思決定でのポイント:心の健康を保つために(13)(2/2 ページ)
ITエンジニアの周りにはストレスがいっぱい。そんな環境から心身を守るためのヒントを、IT業界出身のカウンセラーが分かりやすく伝えます。
0か100か?
そもそも、転勤するか、それとも介護のために転勤を断るか、2つに1つしか答えはないのでしょうか?
あらためて問い掛けてみると、Cさんが2つだと思っていた選択肢には、いくつかのバリエーションがあることが分かりました。
- 1案:転勤を断って、いままでどおりに父の世話を自分です
- 2案:父の世話に介護サービス(ヘルパー派遣やデイサービス)を導入し、自分の負担を減らす。いまの職場で頑張って、次のチャンスを待つ
- 3案:父にはリハビリが必要なので、老人保健施設に半年ほど入ってもらい、自分は転勤する。その後は状況を見て考える
- 4案:父に有料老人施設に入ってもらい、自分は転勤する
それぞれの案のメリットとデメリットも書き出してもらいました。そして、どれが自分の気持ちや感じにしっくりくるか、Cさんは静かに自分に問い掛けてみたのです。しばらくじっと自分の気持ちと向き合っていたCさんは、やがて顔を上げると「3案にします」と静かにおっしゃいました。
Cさんが意思決定の際に考えたポイントは以下のようなものでした。
- 転勤を断っても、昼間は会社に行かなければならない。このままでは、だんだん誰かの手を借りなければならない機会が増えてくる
- リハビリによって、父ができるだけ自分の力を使える状態をキープしたり改善したりすることは、父自身の自尊心のためにも必要であると気付いた
- 自分のキャリアにとって、今回の仕事内容は意味が大きい。もし転勤がなくなったとしても、忙しいプロジェクトに入ってしまうと、同居していても父の世話ができない。自分の不安も強くなって、また同じことに悩むことになるだろう
- 施設の場所を選べば、週末に通うことができる。携帯電話などを使って頻繁に話をして、父の寂しさをまぎらわせることができるかもしれない
Cさんは自分の気持ちを固め、父親と話し合いました。その結果、父親はCさんの案に同意してくれました。
困難と思われる意思決定のポイント
(1)自分の生活を「全体」、選択肢を「部分」と考えてみる
Cさんは「キャリアも完ぺき、家族の世話も完ぺきでなければ」と思い込み過ぎていたといいます。「キャリアか介護か」という二者択一ではなく、キャリアと介護を含む全体を「自分の生活」として考えて、キャリアと介護の「バランス」を見ることが大切です。
(2)優先事項を考える
家族と一緒に暮らすことは大切ですが、日中に誰もいない家での安全なども考慮しなければなりません。さらに今後を考えると、できるだけしっかりリハビリをしてもらい、父親自身の行動範囲を広げる方が優先だとCさんは考えたのです。
(3)困難な局面が、実は良いチャンスかもしれないと考える≫
「転勤の話がなければ、思い切った展開を考えることなく過ごしてしまい、リハビリの必要性を見過ごしてしまったかもしれません」とCさんは語りました。
(4)「いま考えるべきこと」と「考えてもしかたないこと」を区別する
「そうはいってもああなったらどうしよう」「こういう場合はどうしよう」と不安は起きてくるでしょう。そうした不安の中には「いま考えてもしかたないこと」も多いのではないでしょうか。あれこれと不安が出てくるときは、不安をいったん書き出して「いま考えるべきこと」か「考えてもしかたないこと」か区別してみましょう。「考える必要性はあるが時期ではない」と思ったら「1年後にもう1回考えよう」などと期限を区切ってみるのも手です。
(5)自分の決定を受け入れる
自分の決定については「いまできる精いっぱいの決断をした」としっかり認めることが大切です。状況が変わったら、優先事項やバランスを考え直せばよいのです。決めたことを「ずっと、必ず」実行しなくてもいいと考え、自分の選択を後悔したり自分を責めたりしないようにしましょう。
大きな岐路と思える場面にさしかかったとき、「自分の選択が失敗したらどうしよう」と考えると、選択の判断がより難しくなります。しかし、後から「選ばなかった方の道を生きたらどうなったか」を知ることはできません。そのときそのとき、精いっぱいの選択をし続けること、自分を受け入れていくことが、「生きていくこと」だといえるかもしれません。
「いつもいましかない」。筆者もそう考えています。
著者紹介
ピースマインド 石川賀奈美
臨床心理士、産業カウンセラー。米国フォーカシング・インスティチュート認定フォーカシング・トレーナー。現在、ピースマインドで成人を対象に幅広い相談に応じるとともに、定期的に企業に赴き、社員のカウンセリングを行う。高齢者虐待防止に関連し、在宅介護者のカウンセリングにもかかわっている。著書に『SEのためのうつ回避マニュアル 壊れていくSE』(翔泳社刊、分担執筆)がある。
「出口のないトンネルはない。しばし、一緒に光を目指して歩いていきましょう」
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