ITエンジニアの周りにはストレスがいっぱい。そんな環境から心身を守るためのヒントを、IT業界出身のカウンセラーが分かりやすく伝えます。
私は、カウンセラーになる前の十数年間、大手IT企業で人事の仕事を担当していました。
ITエンジニアの人たちと話す機会も多くありました。自分たちの技術にかける思い、新しいものを生み出していく苦しさと達成感をかみしめながら、時間との闘いに挑む……。大変そうではあっても、彼ら、彼女らには、何かうらやましいとさえ感じさせる輝きがありました。
今回、このコラムを担当させていただくことになり、そんなITエンジニアの皆さんが日々のあわただしさの中でふと立ち止まる場所、そしてまた歩き出し、駆け出してゆける場所にできたらいいなと思っています。よかったらどうぞお付き合いください。
さて、春は異動や昇進の季節ですね。そろそろ新しい仕事、新しいメンバー、新しい立場に慣れてきたころでしょうか。環境が変わることは、精神的にも身体的にもストレスとなります。それが、良い変化であっても、です。
Sさんは、34歳(独身・男性)のシステムエンジニアです。数年来、地方の事業所で1つのプロジェクトを担当し、リーダーを務めてきました。
ある年の春、そのプロジェクトを関東地区でも展開することになり、Sさんは東京に新設されるチームのマネージャに抜擢されました。マネージャになるのは同期の中でも早い方です。Sさんはそのプロジェクトの内容を熟知していたため、そこを見込まれての昇進でした。
地方での仕事仲間は、東京に転勤するSさんを励ましと羨望をもって見送ってくれました。プロジェクトの今後の拡大展開という点で、Sさんには大きな期待がかかっていました。
東京での生活が始まって1カ月がたち、ゴールデンウイークを過ぎたころ、Sさんの体調に変化が起こりました。朝、だるくてどうにも起きられないのです。何とか起きて身支度をしても、出勤しようとすると動悸(どうき)がすることがあります。
毎日のことではないので、様子を見ながら仕事を続けているうちに、今度は会議で頭が真っ白になり、手にびっしょり汗をかくようになりました。部下から意見を求められるとうまく答えられないのです。
落ち込むことが多くなったSさんを上司は心配し、カウンセリングを受けにいくことを勧めたそうです。Sさんは、かなり疲れた表情でカウンセリングにいらっしゃいました。
Sさんがカウンセリングで最初に話したことはこうでした。「プロジェクトの中身は自分が一番よく知っているし、いまの部下の人たちは、かつて地方で自分が活躍していたことをよく知っている。だから、すごい意見をいわなければと思うのです。でも、そう思えば思うほど、空回りしてしまって……」
「期待に応えなければ」との思いから焦りが生じ、不安な気持ちがあっても「自分はマネージャだから」と誰にも打ち明けられずにいました。そうしてSさんは、次第にチームの中で孤独を感じるようになっていたようでした。故郷の家族や友人から離れて東京に来ていることも、その孤独を増す要因になっていたようです。
「会議中に頭が真っ白になる瞬間、どんなことを感じていますか?」と質問したところ、「『なんだ、大したことないじゃないか』と思われているような感じがします」とのことでした。
「部下にテストされているみたいな感じなんですね?」というと、Sさんははっとした表情で「そうなんです。学生のころから成績はいい方で、あまり失敗したことがありませんでした。『失敗は許されない』という強い思いがあったのかもしれません」と話してくれました。
会議は、プロジェクトが壁に突き当たったときなど、みんなで意見を出し合うために行われることが多いそうです。しかしSさんは、必ず自分が解決策を出さなければいけないと思い込んでいたのです。
カウンセリングするうちに、Sさんは「何でも自分でしなければいけない」わけではないことに気が付いたようでした。「大きな方向性を出すのが私の仕事で、そこに至るまでの1つ1つのプロセスをどうしていくかは、メンバーに任せていいんですよね」。プロジェクトの方向性は、仕事の中身や経緯をよく知っているSさんでなければ判断できないこと。それがマネージャの仕事なのだと思ったようです。
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