Sさんは失敗を恐れるあまり、自分が「できていること」には気付かずにいました。
そこで私はSさんに、日常のできていることを挙げてもらい、自分にマルをあげることを提案しました。「できていることチェック」をしているうちに、Sさんは「部下のできていることにもマルですよね。そういうコミュニケーションを忘れていました」と、チームのコミュニケーションの状態にも気付いたようでした。
Sさんは、早く仕事に慣れようと土曜日も出勤していて、休みもゆっくり取れていませんでした。新しい場所でいきなり100点を取ろうとしたために、息切れしていたのかもしれません。しかし、100点でなければ0点ということは決してありません。初めから100点満点を狙う必要はないのです。
カウンセリングを繰り返すうち、Sさんはだんだんと余裕を取り戻し、「休みを取って、昔の仲間と飲みに行こうかな」と楽しそうに話すようになりました。
優秀さを認められて昇進した人は、「その期待に応えなければ」と思い、大きなプレッシャーを感じてしまうことが多いようです。でも、“昇進した立場では1年生”というくらいの気持ちで臨む方がいいのではないでしょうか。
たとえ仕事の中身を熟知していたとしても、立場が変わればかかわり方は変わります。分かってはいても、その切り替えはなかなか難しいのではないでしょうか。むしろ、内容を知っていることが、新しいメンバーとの信頼関係の障害になってしまうこともあるかもしれません。
転勤など物理的な環境が変わることも、気付かないうちに疲れをためてしまう原因になります。まずはローギアから。日常生活のテンポや活動範囲は、徐々に変えていきましょう。
気兼ねなく自分の気持ちを話せる相手がいることは、とても大切です。新しい環境でまだそういう相手がいない場合には、気心の知れた相手に電話やメールを使って聞いてもらうのもいいでしょうし、カウンセリングを利用することも1つの方法だと思います。
出だしは誰でも、難しいもの。でも、そこを通り抜ければ、道はさらに広がっていきます。
ピースマインド 石川賀奈美
臨床心理士、産業カウンセラー。米国フォーカシング・インスティチュート認定フォーカシング・トレーナー。現在、ピースマインドで成人を対象に幅広い相談に応じるとともに、定期的に企業に赴き、社員のカウンセリングを行う。高齢者虐待防止に関連し、在宅介護者のカウンセリングにもかかわっている。「出口のないトンネルはない。しばし、一緒に光を目指して歩いていきましょう」
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