「こんな人材が欲しい」から始まる人事制度IT企業のための人事制度導入ノウハウ(4)(1/2 ページ)

IT企業の人事担当者に読んでほしい、人事制度導入ノウハウ。導入プロジェクト開始の準備から設計、導入、実際の運用まで、ステップごとに詳細に解説する。

» 2009年02月17日 00時00分 公開
[クレイア・コンサルティング]

 前回「“理想”とは程遠いあなたの会社の人事制度」では、人事制度導入の最初のステップである現状分析の方法を説明しました。

 いよいよ人事制度の設計段階に入ります。最初に行うことは「求める人材像の設定」です。「求める人材像」とは、現状分析において検討した「目指す姿(ToBe)」を、人材の要件として具体化したものです。

 今回は、なぜ「求める人材像」が必要なのか、どうすれば「わが社の求める人材像」が設定できるのかについて解説します。

なぜ、「求める人材像」が必要なのか

 「会社」の視点と「社員」の視点から、「求める人材像」の必要性を考えてみましょう。

1.会社の視点:人材による競争優位要因を明確にする

 企業は、常に競争環境にさらされています。IT業界はとりわけ厳しい競争環境にあるといっていいでしょう。競争に勝ち続けるためには、他社にはない「優位性」(競争優位要因)が必要です。

 IT業界のような知識産業では、人材は極めて重要な競争優位要因です。この人材に関してどのような優位性を実現すべきかを定義したものが「求める人材像」です。「求める人材像」を考えないまま構築した人事制度は、自社の競争力強化につながらない可能性が高くなります。

 具体的な事例を見てみましょう。

 あるIT企業A社は、小規模ながら特定領域のシステム開発において顧客から高い評価を受けていました。A社のシステム開発は、最先端の技術を駆使するわけではありませんが、プロジェクトメンバーがいくつもの役割を柔軟にこなすことで、開発期間や導入期間を短くできることが強みでした。

 会社の規模が大きくなるにつれ、A社は専門性の高い人材を獲得できるようになりました。しかし、専門性は高いものの安定志向で、与えられた役割は確実に遂行するが自律性に欠けている人が多かったため、顧客とのコミュニケーション不足や社内の連携不足による納期遅延やクレームが目に見えて増えてきました。プロジェクトマネージャは疲弊し、スタッフにも体調を崩す人が目立つようになってきたのです。

 この状況に危機感を覚えた経営幹部たちは、社員やこれから入社してくる人材に対し、「自社の社員にはどのように働いてほしいか」「どのような人材には来てほしくないか」を明確に示すとともに、これを実現できるような人事制度が必要であると痛感しました。まずは求める人材像を「フットワーク良く、スピード感を持ってチームに貢献できる多能人材」と定義しました。

 このように、「わが社が求める人材像」が不明確であったり、適切でなかったりすると、人材面での競争優位要因が失われていきます。競争優位要因は一様ではなく、自社の事業領域や規模、事業戦略、創業の精神(企業のDNA)などによって異なります。

 技術変化の激しいIT業界では若手人材の早期育成・抜てきが必要であり、自社の競争優位の源泉となり得る人材をできるだけ早く見極めることが重要です。このような人材を早期に発掘し、効果的な育成やリテンション(流出防止)ができる人事制度を構築するためには、まず「わが社の求める人材像」を明確化することが不可欠なのです。

2.社員の視点:中長期的な目標を持ち、コミットメント高く働く

 一般的に、日本の労働市場は流動性が乏しいといわれますが、IT業界は転職マーケットが発達し、人材の流動化が進んでいる業界です。IT企業で働く社員には、自らの市場価値を強く意識している人が多いと思われます。私たちの経験上、優秀な人材ほどそうであるといえます。

 優秀な人材が会社に対して高いコミットメントを持ち、モチベーション高く仕事にまい進するためには、「この会社で経験を積むことで、自分がどのように成長できるか」という具体的なイメージが必要です。魅力的なイメージが提示できなければ、「もうこの会社で得るものはない」と感じた社員(成長意欲の高い優秀者である可能性が高い)が他社へと流出していくでしょう。

 前回のコラムでも触れましたが、人事制度(等級、評価、報酬の仕組み)は、社員にとって分かりにくいものです。人事制度を分かりやすく解説する努力はもちろん重要ですが、何よりも「わが社で経験を積むことでこんなに魅力的な人材に成長できる」というメッセージを端的に示すことが必要です。

コラム1 「求める人材像」なく設計された人事制度

 私が過去に勤めていたIT企業での話です。当時私はITエンジニアとして、さまざまなプロジェクトに従事していました。この会社は既存のソフトウェア技術を活用し、特定の業界において顧客に密着したきめ細やかなカスタマイズやサポートを行えることを強みとしていました。

 ある年、新人事制度が導入され、評価基準や賃金体系などが大きく変わりました。1年後、実際に人事評価を行うときに問題が発生しました。

 評価基準には「計画的に仕事を進めたか」「最先端の技術を吸収し、仕事で生かしたか」などの項目が挙げられていましたが、これは会社の優秀人材の働き方とは異なるものでした。この会社の優秀人材は「顧客からの要望に柔軟に対応する」「顧客の業務や経営課題、業界動向を熟知し、自社のパッケージシステムが顧客に最適な形で使われるような提案やサポートを行う」などの行動を徹底し、顧客から高く評価されていたのですが、このような行動を評価する項目がほとんどなかったのです。

 結果、評価基準に基づいた評価を行うと納得感のない結果となり、大幅な評価調整を行う事態になりました。もちろん、新人事制度に対する社員の信頼は一気に失われてしまいました。

 人事制度構築の最初の段階で「わが社の人材の強みは何か」を具体的に明らかにしていれば防げた設計ミスでした。


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