IT企業の人事担当者に読んでほしい、人事制度導入ノウハウ。導入プロジェクト開始の準備から設計、導入、実際の運用まで、ステップごとに詳細に解説する。
前回「IT企業を襲う『優秀なプロマネ不足』の打開策」では、IT企業で起こっている「人」の問題を「組織レベル」と「個人レベル」の観点から整理しました。そのうえで、IT企業における人事制度の重点課題として以下の3点を挙げました。
(1)技術の変化に対応できるスキル育成管理を行う
(2)個人能力の発揮とチームへの貢献をバランス良く評価する
(3)プロジェクトマネージャを戦略的に育成する
この3点に従い、人事制度の導入方法を解説します。今回取り上げるのは、人事制度構築の準備段階における検討事項です。
人事制度の導入は、毎年の通常業務として行われるものではありません。新たにプロジェクトチームを組んで進めることが一般的です。
プロジェクトをスタートする前に、
をしっかりと検討しておく必要があります。
システム開発のプロジェクトと同様、準備段階での検討をあいまいにしたまま見切り発車でプロジェクトをスタートすると、プロジェクトマネージャは大変な苦労をすることになります。
まず、人事制度構築の検討範囲(スコープ)を決めなければなりません。
一般的に、人事制度の主役は「等級」「評価」「給与・賞与」の3つの制度です。しかしほかにも「教育体系」「退職給付」「福利厚生」などの制度や「採用」「人事異動」「キャリアパスの方針・基準」、さらには「雇用体系」などがあり、企業の人事にかかわる仕組みは多岐にわたります。いったい、どこまでを検討範囲に含めれば、所期の目的を果たせるのでしょうか?
前回提示した「技術の変化に対応できるスキル育成管理を行う」ことや「プロジェクトマネージャを戦略的に育成する」ことを達成するためには、社内の教育体系やキャリアパスまでを視野に入れた検討が必要でしょう。
等級制度や評価制度で社員に「求める要件」を提示し、給与や賞与でインセンティブを与えるという方法もなくはありません。しかし、IT業界の技術革新のスピードはすさまじく、プロジェクトマネージャへの要求の厳しさは増しつつあります。社員の自主性だけに任せていては、「求める要件」にキャッチアップできない人が多く出てきてしまうでしょう。
等級制度や評価制度と教育体系の連動、あるいは適切なタイミングでの適性診断とその後のキャリア構築の仕方を検討しつつ、人事制度の構築を進めることが重要です。
また、「技術の変化に対応できるスキル育成管理を行う」という観点からは、社員のスキル情報をどのように効果的に管理するか、すなわち人材情報データベースの在り方についても検討が必要でしょう。社員のスキル育成の最大の機会は、プロジェクトでの経験です。従って社員のスキル情報は、プロジェクトのアサイン時やプロジェクト内でのOJTにおいて活用できるようにしておかなければなりません。
次に、プロジェクトメンバーの選定です。
人事制度構築の中心は人事部のメンバーです。しかしIT企業の人事制度には、人事部だけで構築するには難しい点が多々あります。人事部に技術に精通したメンバーがいれば別ですが……。
IT企業に求められる人事制度の重点課題をクリアするためには、どのような考え方に基づいてメンバーを選定すればよいのでしょうか。ここでは、重要なポイントを3つ挙げます。
まず、自社の技術領域に精通している社員の協力が不可欠です。単に技術力が高いITエンジニアという意味ではありません。自社に必要な技術を幅広く知っており、自社のビジネスにおける各技術の重要性や今後のすう勢に関する知見を持っている人が望ましいでしょう。技術担当役員や技術戦略担当者などが考えられます。
この人の最も重要な役割は、会社の技術戦略の観点から、人事制度の要件を提示することです。例えば「自社のプロジェクトマネージャはどのような技術力を持つべきか」「現在の技術に革新が起こった場合、どの層の社員がキャリア転換を求められる可能性があるか」などです。
社内教育の企画担当者の協力を得ることも重要です。
先にも述べたとおり、「技術の変化に対応できるスキル育成管理を行う」ことや「プロジェクトマネージャを戦略的に育成する」ことについては、社員の自発的な努力だけに頼らずに、会社が積極的に取り組むことが不可欠です。
ならば、人事制度の構築段階から教育担当者を巻き込み、早い段階から社内教育制度との連携を取っていくべきでしょう。
人事制度の検討過程では、「自社の人材像」「プロジェクトマネージャに求められる要件」などの議論が行われます。教育担当者がこれらのポイントを深く理解していれば、人材育成において、限られた資源(資金・時間・人)で最大限の効果を実現することにつながります。
人事制度の運用を考えると、社内システムの担当者を巻き込むことも重要です。
IT企業では、プロジェクトのアサインメントやプロジェクトでのOJTを効果的に行うため、個々の社員のスキル情報を適宜アップデートしながら管理することが求められます。社員のスキル評価の結果がタイムリーに人材データベースに反映され共有される仕組みづくりは、社内システム部門の協力なしには難しいでしょう。
人事制度の効果を高めるためには、制度の運用負荷を軽減する工夫も重要です。いくら精密で公正な人事制度であっても、現場に大変な負荷がかかるようでは、適切に運用されないでしょう。等級基準や評価基準の提示、評価表の記入など、システム化することで現場の負荷を軽減できるものは多々あります。皆さんの会社が顧客企業に提供しているIT活用ノウハウを、ぜひ自社の人事制度の構築や運用にも活用してください。
「人事制度は社員のやる気を引き出すもの」。そんな考えから、人事制度構築プロジェクトに各部門の代表者を巻き込むことがあります。代表者は、人事制度の方向性や概念的な議論をしている段階では、全社的な視点で発言をします。しかし詳細設計に入り、等級や評価の基準、報酬体系(特に手当)など具体的な話になると、「私の部門には特別な事情があるから……」と部分的な特別扱いを求めることがあります。
1つ1つの意見はもっともに聞こえますし、制度に実態を反映することは必要です。しかし特別扱いをしていると、新しい制度は骨抜きになり、中身が従来のものとまったく変わらなくなってしまいます。これでは何のために人事制度を変えたのか分かりません。
各部門を巻き込んで人事制度構築を進めること自体は良いことです。しかしその分、プロジェクトの運営は難しくなります。従って、プロジェクトリーダーや事務局がしっかりとした方針や準備をすることがとても重要になります。
プロジェクトマネジメントを外部のコンサルタントに依頼するという方法もあります。コンサルタントは、人事マネジメントの専門家であるだけでなく、プロジェクトマネジメントについても多くの経験と高度なスキルを持っています。「コンサルタントを活用する」=「社外に丸投げする」というイメージを持つ人もいますが、コンサルタントのプロジェクトマネジメント/ファシリテーション能力を活用しながら、自社のメンバー主体で人事制度を構築する方法もあるのです。
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