IT企業の人事担当者に読んでほしい、人事制度導入ノウハウ。導入プロジェクト開始の準備から設計、導入、実際の運用まで、ステップごとに詳細に解説する。
今回は、等級制度の設計・構築の2回目です。前回は等級制度の目的を確認し、「等級体系」と「等級定義」を作るところまで解説しました。今回は前回の内容を簡単に振り返ったうえで、「社員の格付け」と「昇格・降格ルール」について解説します。
前回の記事「『自発的に学ぶ社員』を『公平に評価』する等級制度」は、等級制度の目的を確認したうえで、設計の進め方として以下の4ステップを提示しました。
(1)等級体系の要件を決める
(2)等級定義を作る
(3)社員の格付けを行う
(4)昇格・降格ルールを決める
前回解説した(1)(2)の内容を端的に述べると、「『自社の目指す姿に必要な人材像』を等級体系の要件として整理したうえで、社員に理解しやすい形で等級定義書にまとめることが、等級制度設計のポイントである」ということです。
今回は、(3)(4)について解説します。前回は理想像を明確にすることが中心でしたが、今回は現実との橋渡しをスムーズに行うための工夫が中心です(前回に引き続き、職能資格制度を前提に解説します)。
突然ですが、読者の皆さんに小テストです。「等級制度の目的」は何だったでしょうか?(前回の冒頭で触れましたが覚えていますか?)
……正解は以下の2点です。
1.社員に期待する役割・能力の明確化により評価・処遇を公平に行うこと
2.社員に期待する役割・能力の明確化により社員の成長目標を明確にすること
「新しい」人事制度を作るといっても、真っ白なキャンバスに絵を描くように制度を作り上げるわけにはいきません。現行制度との継続性の配慮も必要ですし、周辺領域(例えば研修制度)との調整も必要になります。社内の各方面からさまざまな意見・要望も寄せられるでしょう。
人事制度設計の担当者が陥りやすいわなとして、それら1つ1つに誠実に対応しようとした結果、本質から外れた議論にはまって進ちょくが止まってしまったり、現行制度と実質的に変わらないものが出来上がってしまったりすることが挙げられます。
このような危険を避けるには、常に「それは目的にかなっているのか?」という視点で物事を判断し続けることが必要であり、そのためには、担当者の頭の中で判断基準が明確になっていることが不可欠です(「基本方針」や「目的」という言葉が出てきたら、その場で記憶することを習慣付けるのがよいかもしれません)。
人事制度設計の担当者の責務として、経営の方向性や自社の求める人材像を常に意識し、それらを判断基準のベースとしながら仕事を進めていただきたいと思います。
●1.格付けを行う際の問題
等級制度における「格付け」とは、「どの社員を、どの等級に位置付けるのか?」を決めることです。等級定義において「等級ごとに具体的にどのような役割・能力が求められるのか?」を明確にしているので、理屈上は社員を等級定義に合わせて割り振るだけのことです。
一見簡単そうなのですが、実際に格付けしようとすると、次の問題に直面することになります。
a.社員の能力をどのように判断するのか?
b.現在の社員の報酬水準とのバランスをどうするのか?
a.社員の能力をどのように判断するのか?
等級ごとに求められる能力を社員が保有しているか否かは、通常は「能力評価」で測ります。新人事制度への移行後は、定期的に行う能力評価によって能力の保有状況(あるいは発揮状況)を判断できますが、移行時の格付けにおいては、データがない状態で判断しなければなりません(なお、すでに能力評価を行っていても、適切に運用されていなかったり、評価項目や基準が異なったりすれば、あまり参考になりません)。
十分なデータがない中で「すべての社員の能力を正しく判断できるのか?」「社員1人1人に、なぜその等級に格付けしたのかを説明できるか?」を考えると、結構な難題であることが分かります。
b.現在の社員の報酬水準とのバランスをどうするのか?
また、報酬水準とのバランスも難しい問題です(詳細は報酬制度の回で解説します)。通常は等級ごとに報酬の上限と下限を設定することになりますので、能力によって新しい等級を定めると、現在の年収が新しい等級での上限額を大きく上回ってしまう社員が発生します。
こうした社員の年収を等級の上限額まで一気に引き下げることは現実的には困難です。だからといって、保有能力を無視して現在の年収を基準に新しい等級を決定すると、等級定義と社員の保有能力がかけ離れてしまい、せっかく作った新しい等級制度は形骸(けいがい)化しかねません。
●2.格付けの進め方
これらの問題を踏まえたうえで、どのように格付けを進めればよいのでしょうか。一般的には次のようなステップで進めていきます。
(1)等級定義書などを活用し、現在の等級と新しい等級の対応関係が分かるルールを作る(例えば、主事→4等級、主査→3等級など)
(2)上記ルールに基づき、社員に仮の等級を割り当てる
(3)割り当てた等級の報酬上限額を上回る社員を抽出する
(4)上記に該当する社員を、1つ上の等級に格付けて前年度と同等の報酬を保証するか、等級を維持したまま調整給の支給によって保証するかを判断する
(5)移行後の数年間を調整期間とし、本来の昇格・降格ルールとは異なる特別ルールを設け、短期間で適切な等級に移していく(例えば、通常は「直近3年間でA評価以上を3回した場合に昇格候補」というルールを、制度変更直後は、一時的に「S評価を1回でも獲得すれば昇格候補」とするなど)
新しい等級に移行する際に、社員1人1人の能力を見極め、適切な等級に割り当てることが原則ですが、移行時に厳密な見極めを行うことが難しい場合は、いったん、現在の等級と報酬水準に基づき、新しい等級を格付け、数年間の調整期間を利用して能力と等級を合わせていくというアプローチを取ることになります。
なお、(4)で「1つ上の等級に格付けして前年度と同等の報酬を保証するか、等級を維持したまま調整給の支給によって保証するかを判断する」と述べましたが、現実には、後から社員の能力が不足していることが判明しても「等級を下げる」という判断を下すことは難しい会社が多いのではないでしょうか。
従って、判断に迷う場合は、安易に上位等級に格付けするよりも、下位の等級からスタートさせ(処遇面は調整給で対応)、能力をしっかり見極めたうえで昇格させることをお勧めします。
また、管理職層と非管理職層の分かれ目のように、能力不足の社員を上位に格付けした場合のインパクトが大きいケースでは、移行の段階で慎重に見極めることも必要です。「人材アセスメント」(*1)などを活用して、厳格な昇格審査を行うこともご検討ください。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.