阿部川 当時のことも「Moonshot」に書かれていますね。
スカリー氏 ええ。ハイテク業界は、常に変化し続けています。そして私たちは、その変化が顧客の意識にどのような変化を与えているか、つまり顧客目線を意識し続けなければいけません。ハイテク企業が間違いを犯すときは、大抵、自身の成功の犠牲者になったときと言っていいでしょう。
例えば、インテルとマイクロソフトは、モバイルのもたらす可能性を読み損ないました。一方、Facebookは3年かけて79%の収益がモバイルからもたらされる事業に方向転換を成し得ました。マーク・ザッカーバーグとシェリル・サンドバーグは、まれに見るリーダーシップを発揮したと思います。
ハイテク業界のリーダーにとって大切なのは、「自分たちの成功が自分たちを犠牲者に陥らせてしまうことを、どうやって避けるか」ということなのです。
「Moonshot」を書いたのは、テクノロジーや生活が進化を続けていく中で、「現代はその始まりの段階にすぎない」と伝えたかったからです。今はまだ存在しないけれども、全く新しい事業を行う企業が今後誕生し、世界を変えるかもしれない。そこに気付かない人が多いのではないでしょうか。
私はキャリアの大半を起業家として、また大企業を育てる立場で過ごしてきましたから、この本の多くの「物語(ストーリー)」は、若い起業家の話です。彼らは失敗した経験などもオープンに語ってくれました。人は成功からよりも、むしろ失敗から多くのことを学べるもの。そしてビジネスやマーケティングには、必ず「物語」が必要なのです。人々が多くを学ぶ「物語」とはどんな「物語」なのか? それをお話しするためにこの本を執筆しました。
阿部川 @ITの読者には「世界を変えたい」という情熱に燃えている若いエンジニアがたくさんいます。また、自らのアイデアで世界を良くしたいと考えている起業家もたくさんいます。あなたのお話は彼らに大きな力を与えてくれると思います。
スカリー氏 ロサンゼルスには、まさに純粋に信念に支えられ、使命感に燃えた若い起業家がたくさんいます。スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツがそうだったように、彼らも若くて才能があり、使命感を持って仕事をしています。
例えば、世界中の飲み水の問題を抱えた地域に暮らす約30億人の人々に水を供給できるポータブル飲料水事業や、「安心して住む家を持てない世界の約20億人」といわれている人々にシェルターとしてポータブルな住居を提供する事業、また継続的かつ再生可能な燃料やエネルギーを作り出す事業などを推進しているのです。彼らの多くは、コンピュータやインターネットからインスピレーションを得て育ってきた、いわば「i-generation(アイ・ジェネレーション)」の若者です。
阿部川 テクノロジーが将来にわたって発展し続けるために大切なものは何だと考えますか?
スカリー氏 テクノロジーの進化はものすごいスピートで加速していることを、私たちは既に知っています。私が学生のときの「生物学」は、大部分が化学でした。しかし現在は、化学+ナノテクノロジーなど「情報科学(Information Science)」に近くなっています。従来は不可能だった、解決できなかった問題がテクノロジーを活用すると解決できる、そういった分野がこれからどんどん出てくると思います。ゲノムや遺伝子、幹細胞などは、全く新しい情報の分野といえるでしょう。
ヘルスケアの分野に「RxAdvance」という企業があります。彼らは、世界初のクラウドベースの「PBMS(Pharmacy Benefit Management System:製薬ビジネスに特化したマネジメントシステム)」を構築した企業であり、AI(人工知能)によって、さまざまな経営上の判断を手助けしています。製品は既に市場に投入され、売り上げは2016年6月期に80億に達し、2020年には1000億円を見込んでいます。テクノロジーの力が、全く新しいビジネスを短期間で何百億という規模のビジネスに成長させているのです。
製薬や住宅の分野は、他の業界に比べるとIT化が10年以上遅れています。こうした業界に、(RxAdvanceが行っているように)最新のテクノロジーを当てはめられれば、現在未解決の大きな問題も、解決の糸口が得られるのではないでしょうか。
以前、国防総省の国防高度研究事務局(略称:DARPA)高官がこう言いました。
“Biology is Technology”
(阿部川注:直訳は「バイオロジーはテクノロジーだ」。生物学は科学というよりむしろ「技術」だ、という意味。「-logy」という音を掛けた)。(この言葉が象徴するように)つまり「情報科学は全てをつかさどる」ということです。
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