南予地方の最大の魅力は、起伏に富む大自然である。田畑、ゆたかな森林、リアス式海岸に恵まれ、農林水産業が盛んだ。南予の中心は宇和島市だが、今回は筆者が以前住んでいた「北宇和郡鬼北(きほく)町」を紹介する。
鬼北町には古民家が数多くある。筆者の前事務所は、築100年、大黒柱の光る12畳2室を含む平屋建て6LDKだった。温暖な愛媛ではあるが標高が高く、朝は霧に包まれ、新年早々雪が積もった。
夜になると、町の目抜き通りでも広見川のせせらぎの音が聞こえる。この川は、日本最後の清流「四万十川」の一大支流であり、清らかで美しい。住宅街の裏の森では、蛍が舞う。
水が良ければ空気も良い。筆者が10年間患っていた深刻なアレルギー性鼻炎は、鬼北町に移住して1年で完治した。もし、自身や家族に、鼻炎、咳、アレルギーなどがあるなら、転地療養目的での移住も考えられるだろう。
鬼北町の食文化は、東予、中予とは少々異なる。高知県に近いからか、宴席の料理は、高知の皿鉢料理のように盛り付けられる。また、豚肉、黒砂糖がよく食される。緯度が同じ九州の食文化にも似ているようだ。隣の宇和島市には闘牛や牛鬼など、牛の文化がある。
田舎とはいえ、基本的な生活には何の問題もない。
ただし、映画館、図書館、大型書店、家電量販店、ファストフード店は、宇和島市まで足を延ばす必要がある。もっとも、都会の人にとっては通勤距離程度ではあるが。
本当に必要な技術情報はインターネットで得られる。一方、雑多で不要な情報は遮断できる。森の中の町の雑音のない環境は、感性を研ぎ澄まし、発想力を高めてくれるに違いない。
さいきんの鬼北町は、攻めている。
地方公共団体名に「鬼」が付くのは、全国で鬼北町だけ。道の駅「森の三角ぼうし」には、竹谷隆之氏と海洋堂による鬼の像が鎮座し、道の駅「日吉夢産地」には、母鬼「柚鬼媛(ゆきひめ)」の像が建てられている。
道の駅では特産品が販売されており、ネット注文もできる。
鬼北町、近隣の宇和町、三間町、この一帯の米は格別においしい。柚子も栽培されており、「ゆずの里」という飲み物や、ご飯にも酒にも合う「ゆず味噌」がある。
鬼北町では、キジの養殖が盛んだ。町の人口よりキジの数が多いという。「鬼北きじ工房」には、鍋、丸鶏、ブイヨン、雉飯、おつまみ、せっけんまである。
鬼の像といいキジといい、斜め上の発想力を見せる鬼北町には、これ以外にも膨大な未発信情報が眠っている。おいしいもの、すごい人、美しい場所――発信技術は持っているが発信したい情報がない、素材を探している、といった向きには、ネタの宝庫であって、面白い町だ。写真、フィギュア、ガーデニング、アウトドア、料理、リフォームを趣味とするエンジニアが移住するなら、有意義な日々が待っているだろう。
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